朝比奈颯季　ネット小説 / 軽井沢ヴィラ・ヘメロカリス第２９章　シルエットの正体　：　Satsuki Asahina Web Novel / Karuizawa Villa Hemerocallis

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第２９章
シルエットの正体

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　第２９章　シルエットの正体

　早朝から低い雲が立ち込めて、雨が降っていた。じとじととした暑苦しい雨だった。
　その雨の中、北海道から来た矢崎の妻が、佐久署へ到着した。遺体を確認してもらった所、矢崎本人に間違いなかった。
　矢崎の妻は、変り果てた夫を前にして慟哭した。
　大切な家族を失い、号泣する遺族を目の当たりにすると、刑事稼業が長い木内も、悲しみで胸がいっぱいになる。必ずや犯人を逮捕して、家族の無念、そして、殺害された本人の無念を晴らしてやると、再度、心に誓った。

　彼女の気分が落ち着いた所で、事情聴取を始めた。
「奥さん、ご主人が撮った写真の中に、このような写真があったと思うんですが、見覚えはありませんか？」
　木内は、写真屋の店員に描いてもらった絵を見せた。
「見覚えがあります。おそらくサロベツで取った写真でしょう」
「サロベツ？それは、何処ですか？」
「北海道です。道北地域のサロベツ原野の事です。先日、電話で話した通り、先月から北海道に移住した姉夫婦の所に遊びに行っていたんです。のんびりと道内を巡る旅していました。姉夫婦の移住先が、サロベツの豊富町という所なので、そこで夫は、水を得た魚のように写真撮影に夢中になっていました」
「奥さんは、旦那さんの写真を全部見ているんですか？」
「いえ、余りに多くて、見切れませんよ」と苦笑した。
「では、よく、この一枚を覚えてましたね？」
「自信作と言う事で、自慢げに私に見せてくれたんです。夫の写真には、あまり感心しないんですけど、この写真は、綺麗に撮れていたので、珍しく褒めたんですよ。そしたら、この写真は行けるぞって調子に乗って、写真を大きく引き伸ばして、サロベツのフォトコンテストに応募したんです。だから、良く覚えているんです」
「その写真は、持って来てもらえましたか？」
「確か、あったと思います。手当たり次第に持ってきたので、その中に入っていたと思います。ちょっと待ってください、探してみますね」

　矢崎の妻は、鞄から袋を取り出して、机の上に大量の写真を出した。
「ありました。これです」と一枚を取り出して見せた。
　木内と金子は頭を寄せ合って写真を見た。
「背景の山は何ですかね？」
　木内が尋ねた。
「利尻富士とも呼ばれる利尻岳です。深田久弥の日本百名山の一番目に書かれている山です。実は、先月、夫と一緒に登ったんです。それが、まさかこんな事になるなんて…」
　彼女は、俯いて目頭を押さえた。その表情は悲愴極まりなかった。
「奥さん、矢崎さんは、ここに写っているシルエットの二人について何か言っていませんでしたか？」
「そういえば…写真を送って欲しいと、奥さんの方に頼まれたそうです」
「何ですって！その宛先は分かりますか？」
「はい、分かります。あの人、自分が引き受けたくせに、写真を送る作業は私に押し付けたんです。なので、宛名と住所は手帳の片隅にメモしてあるはずです」
　木内の胸は興奮で高鳴った。
　矢崎の妻は、手提げ鞄の中から。手帳を取り出した。
　書かれていた宛名は、前田早紀。住所は、静岡県藤枝市仮宿だった。　
「そんな馬鹿な…愛子じゃない…」
　金子は、唖然とした。
　積み上げてきた推理が音を立てて崩れた。
「若しかしたら、写真と殺人は、関係ねぇのかも知れねぇな。若しかしたら、俺たちは、とんでもない勘違いをしていたのかもしれないな…」
　負けず嫌いの木内も、さすがに、項垂れた。

　金子が、木内に代わって矢崎の妻に質問した。
「先ほどの話では、奥さんに頼まれたと言っていましたが、この二人は夫婦なんですか？」
「さぁ、私が実際に会った訳じゃないんで分かりませんが、あの人は、奥さんに頼まれたと話していました。だから、私は、てっきり夫婦だと思っていました」
「そうですか…分かりました。所で、この写真が撮られた日は、ご存知ですかね？」
「確か七月の上旬だったと思いますけど…、そうだ、思い出しました、七月七日です。あの人、フォトコンテストに応募する時に、『七夕の夫婦』という題名で出したんですよ。子供みたいに、どうだロマンティックな名前だろうって、はしゃいでいたんです」
　彼女は、夫を思い浮かべるような眼差しをして微笑んだ。
「そうですか、七夕ですか…」
　金子は呟いた。
「そうだ、私、気が動顚していて、刑事さんに、あれを見せるを忘れていました。先日、あの人からフォトカードが届いたんです。これです」と一枚の葉書を机の上に出した。

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　今は軽井沢で写真を撮っている。浅間山がこの上なく美しい。野草もたくさん咲いている。
　フォトコンテストで優秀賞を受賞した縁で、ホテルの専務をしている石墨という人から、仕事を頼まれた。軽井沢と熱海での撮影だ。熱海の仕事の内容は、何だか探偵みたいで気乗りしないがやる事にした。
　２、３日、軽井沢で過ごしてから、浦和に帰る予定だ。　誠治より

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　手紙を読んで、木内と金子は目を見合わせた。二人とも気になった所は同じだった。
　木内は、気を取り直して尋ねた。
「奥さん、この熱海の仕事というのはご存知ですか？探偵みたいな仕事と書いてありますが、何を頼まれたんですかね？」
「私には、さっぱり見当が付きません」
「何でも良いんです、何か気になる事ありませんかね？」
「全く分かりません。私は、夫が浦和の自宅へ戻っているとばかり思っていました。週末には、浦和レッズの試合を観戦しに行くとも言っていましたし…それで、何度か浦和の自宅に電話したんです。でも出ないんで、若しかしたら、軽井沢が気に入って滞在を延長しているのかなと思ったんです。あの人、気に入った撮影場所があると、よく予定を変えるんです。それで、ホテルに電話してみたんです…。そうしたら、死んだって言うじゃありませんか。私はもう、何が何だが分からなくって…目の前が真っ暗ですよ」
　彼女は、ハンカチを目に当てて、啜り泣きをした。

　第２９章　終了

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