朝比奈颯季　ネット小説 / 軽井沢ヴィラ・ヘメロカリス第２６章　対岸の温泉　：　Satsuki Asahina Web Novel / Karuizawa Villa Hemerocallis

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　第２６章
対岸の温泉

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　第２６章　対岸の温泉

　金子は木内と共に、恋時雨を出た。
「木内さん。単なる風景写真をＡ４ぐらいまで引き伸ばして見せますかねぇ。結構、プリント代だってかかりますよ。きっとその写真には何か秘密があると思うんすよ、俺は」
「いいな、お前は楽観的で。そう簡単にいかねぇのが、現実の捜査なんだよ。単なる夕焼けの写真だと思うけどな、俺は」
「きっと何かありますよ。そういえば、木内さん。矢崎の遺留品の写真の中に、富士山の夕焼けの写真なんてありましたっけ？」
「そんな写真はなかったな。カメラ内のフィルムを現像したけど、軽井沢の写真ばっかりだったな」
「店員が見た写真は、富士山じゃなくて、浅間山ってことはないっすかね？昔話じゃ、浅間山は富士山のお姉さんなんでしょ？」
「昔話ではそう言う事になってるけんど、富士山と浅間山じゃ、形がだいぶ違うだろう」
　木内は、北に聳える浅間山を眺めた。
「佐久の方から見れば、浅間山は連峰のように見えますけど。軽井沢の方から見ると、独立峰のようにも見えますよ」
　金子は反論した。
「緩やかで長い裾野は、似ている気はするが…やっぱり、浅間山は、浅間山だに。佐久の人間が、浅間山を富士山に見間違えることはねぇよ。それに、長野県には、海がねぇだよ」
「海か…、確かに長野には海はないっすね。じゃ、やっぱり富士山なのかな。所で、写真で思いだしたんっすけど、矢崎は、軽井沢に来る前には、松本や霧が峰でも写真を撮っていたはずですよね？」
「あぁ、犬養の推理ではそうだな」
「遺留品の中に、それらのフィルムがないのは、何だか不自然じゃないっすか？」
「言われて見るとそうだな。どうしたんだろうな」
　木内は頭を傾げた。

「そうか、分かったぞ。きっと写真屋だ」
　金子は大声で叫んだ。
「何だよ、急にでかい声だしやがって、鼓膜が破けるかと思ったよ」
　木内が耳を押さえて言った。
「声は、木内さんの方がでかいっすよ。それよりも写真屋ですよ、写真屋。Ａ４サイズの写真をプリントする事は、珍しいから、写真屋の人は、きっと覚えていますよ。それに、なくなったフィルムもあるかも知れません。それと、矢崎の妻に連絡して、彼の撮った写真があれば、全て持ってきてもらいましょう」

　木内たちは、矢崎殺害当日の井出一家の行動の裏を取るために、湯川温泉に向かった。
　湯川沿いに佇む一軒屋の温泉宿は、鄙びた風情が漂っていた。
　若女将は、三十代半ばで、着物の似合う艶のある美人だった。
　女将の話によると、４日前の夜、恋時雨の主人たちが、家族連れで入浴に来たのは間違いなかった。

　湯川温泉での聞き込みが終わると木内たちは直ぐ、軽井沢へ車を走らせた。そして、ヴィラ・ヘメロカリスの近くにある写真屋を、片っ端から訪ね歩いた。
　３軒目でようやく、見つかった。
　店員の話では、矢崎が受け取りに来ないので、連絡先に何度か電話したのだが繋がらなかったので、取りあえず保管していたらしい。
　木内は、事件の概要を説明して、写真を見せてもらった。しかし、追分宿などの写真ばかりで、事件の手掛かりになるような写真はなかった。
「矢崎さんは、大判の写真も頼みませんでしたか？」
「そういえば、前日に頼みましたね。綺麗な夕焼けが印象的な写真でした。そちらの方は、既に、お客さんにお渡し済みです」
「そうですか。具体的に、どんな感じの写真ですかね？誰か写っていませんでしたか？」
　金子は勢い込んで尋ねた。
「具体的にですか…、夕焼けに染まった空と海。そして、富士山のような山ですね。それと、海岸に佇む二人のシルエットがありましたね」と店員は答えた。
「そのシルエットから、人相が分かりましたか？」
「輪郭だけで、人相は分かりませんが、男と女が寄り添ってキスをしている写真でした」
「彼は、その写真について何か言っていませんでしたか？」
「コンクールにでも出すんですか？と聞いたら、写真を気に入ってくれた人がいて、売るようなことを言ってましたね」
「買ったのは石墨だ。間違いないだろう」と木内と金子は顔を見合わせて頷いた。
「すいませんが、簡単な写真の絵を、描いてくれませんか？スケッチみたいな簡単な絵でいいんです。大体の構図と配色が分かればいいんです」
　金子は、店員に頼んだ。
「私は、絵心のある方じゃないで、上手くはできませんが、描いてみましょう」
　
　木内たちは、店員に描いてもらった絵を持って、ヴィラ・ヘメロカリスへと向かった。

　第２６章　終了

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