朝比奈颯季　ネット小説　軽井沢ヴィラ・ヘメロカリス　第１１章　秘密

朝比奈颯季　ネット小説/Satsuki Asahina Web Novel Love or Death? That is question

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第11-20章

第１４章　
鼻顔稲荷の殺人

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　第１４章　鼻顔稲荷の殺人

　山崎梅子は、皆から梅ばあさんと呼ばれている。
　彼女は、佐久市の岩村田商店街で長年、製菓業を営んできた。
　梅子の毎朝の日課は、鼻顔稲荷へ参拝することだった。
　鼻顔稲荷は、日本五大稲荷の一つで、商売繁盛の神様として信仰を集めている。
　雨が降っても槍が降っても参拝を欠かしたことはなかった。隠居の身となった今でもそれは変わらない。
　梅子は、杖を付きながら、鼻顔稲荷に向かった。
　空を見上げると、抜けるような青空が広がっていた。
　浅間山の五合目から下だけが霧で覆われていた。
　浅間山が雲のスカートをはいているように見えるので、梅子ら地元の人間は、その気象現象を昔から、浅間の袴と呼んでいる。

　朱色の鳥居が連なる参道を登り、古い木板の床を歩いて社殿に入った。
　鼻顔稲荷は、湯川の断崖に面して、木組みで櫓(やぐら)を築くようにして造られている。
　京都の清水寺と同じ建築様式だ。社殿の直下には、湯川が迫っている。
　拍手の音が、澄んだ空気が漲る社殿に響いた。
「どうか、息子らが新しく出店したケーキ屋の営業が上手くいきますように。鼻顔稲荷様、どうぞ、宜しくお願いします」と丁寧に何度も頭を下げた。
「さて、参拝も終わったこったし、鴨たちにパン屑をやろうかのう」
　と呟いて、柵の手摺りから湯川を覗いた。
　パン屑を落としてやったが、鴨たちの様子がいつもと違ったので、身を乗り出して、よく見てみた。
　川の底に何かが、沈んでいた。
「ありゃ、人じゃねぇだかい。こ、こりゃ大変だ」と腰を抜かした。

　湯川に死体があるという通報を受けて、佐久警察署の木内刑事は、部下の金子を引き連れて署を出た。
　署の駐車場には、覆面パトカーが停めてあった。
　交通課から払い下げられた日産セドリックだった。
　かなりのオンボロだが、長年使っていると愛着が深くなるものだ。
　昭和の時代を感じさせる箱形ボディーが何ともいえない。
　車で現場に駆けつけると、川岸には噂を聞きつけた野次馬が屯っていた。

　木内は、第一発見者の山崎梅子に話を聞いたが、耳が遠いうえに動揺していて、なかなか要領を得なかった。
「ばあさま、発見したのは今日の朝なんだよな」
　木内は、梅子の耳元で、大声で叫んだ。
「そ、そうずら」と頷いた。
「昨日の朝に、来た時は見たかい？」
「いや、昨日も来たけんど、死体はなかった。それにしても、おやげねぇのう。なんまんだぶ、なんまんだぶ」
　梅子は、瞑目して両手で拝んだ。
　水死体は、パンパンに膨れ上がったド左衛門ではなかった。
　ド左衛門になってからでは、肉親でも身元の判明は難しいが、今回の水死体は、直ぐに身元が判明しそうだと木内は思った。
　木内は推測した。
　釣りでもして足を滑らせたのだろう。
　そして、この流域で最も流れの淀んでいる鼻顔稲荷の近くで発見された。
　もう少し下流に流されていれば、千曲川と合流して、発見は大幅に遅れただろう。
　水量次第では、そのまま日本海まで流されていたかも知れない。

　身元が判明するような物は身に付けていなかったが、ベストの内ポケットから押花の入った手帳が見つかった。
　何れも同じような花で、見開き１ページに１枚の押花が挟まっていた。
　押花の脇には暗号めいた「エゾカン」、「ニッキ」、「カルキ」という文字が書かれていた。
　木内には、さっぱり見当が付かなかった。

　地元消防団の協力を得て、現場付近の河原を捜索した所、数キロほど上流で撮影機材が見つかった。
　カメラは、三脚にくっ付いたまま倒れ、瀬石に挟まれていた。
　木内の推理を裏付けるような状況だった。
　付近で、聞き込みを行った所、昨日の夕暮れ時に、川の中で写真撮影をしていた人を遠目に見たという証言を得た。

　司法解剖の結果、死因は溺死と判明したが、後頭部に挫傷痕も見つかった。
　脳内出血が酷く、ほぼ意識不明のまま溺死したと推測された。
　死亡推定時間は、昨日の夕刻、午後５時から７時だった。
　検死と現場状況からみて、当初の推測通り、撮影中に転倒して河石に後頭部を強打し、意識を失ったまま川に流されて溺死したとみて間違いなさそうだった。

　木内は、被害者のカメラのフィルムを、現像してみた。
　写真には、白糸の滝、旧三笠ホテル、雲場池など軽井沢の観光名所が写っていた。
　写真から推測すると、観光客とみて間違いないだろう。
　木内は、軽井沢警察署へ捜査協力の電話を入れた。

　軽井沢署の広川婦警は、佐久署の木内から、捜索願の照会を依頼された。
　湯川で身元不明の死体が上がったということだった。
　ここ数日で、軽井沢署に出された捜索願は、一件だけだった。
　観光に来て、家族と逸れた八十歳代の老婦人だったが、町内放送を何度か掛けて、市民の協力を仰ぎ、昨晩無事に見つかった。夏の軽井沢では、日常茶飯事の事だ。
　今は、観光シーズン真っ盛りで、街は観光客や別荘族で溢れかえっていた。
　窃盗、迷子、自動車事故などが多発し、軽井沢署は繁忙を極めていた。

　軽井沢は観光地だけに、周辺の市町村と比べると宿泊施設が桁違いに多い。
　ホテルなどの宿泊施設は、約２００軒。別荘は約１４０００軒、会社や大学の保養所も５００軒近くある。
　宿泊施設が多いせいもあり、年間の窃盗件数は、２５０件以上にも達し、特に夏場が多い。
　高速道や新幹線が開通してからは、日帰り客が激増した。
　そのため、夏場の観光シーズンには、２０万人の観光客が軽井沢にひしめいている。
　人口が、一気に１０倍になる計算だ。

　哀しいかな、人は増えても刑事の数は変わらない。
　その分、広川たちの仕事は増える一方だった。
　本音を言うと、なるべく厄介な事故や事件は抱えたくなかった。
　木内刑事から宿泊施設への問い合わせを依頼されたが、そんなのにかまけていたら他の仕事に手が回らなくなってしまう。
　広川婦警は、大きなホテル数軒に問い合わせをしてみたが、行方不明者はいなかったので、上官と相談して調査はそこで止めた。
　軽井沢町で、明日までに新たな捜索願が出されなければ、該当者なしと佐久署に回答する事にした。

　その日の昼頃になって、軽井沢署に一本の苦情の電話が入った。
　昨日から路駐している車があるから、移動させてくれという電話だった。
　場所は、釜ヶ淵近くの狭い林道だった。
　交通課の警官が、早速、現場へと向かった。
　車は、レッカー移動され、警察署の駐車場に一時的に停めて置くことになった。

　第１４章　終了

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