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第１５章 下手な嘘
「今の人、誰？」
芳恵は、抑揚のない声で聞いた。
「高校の時の同級生だよ。いやぁ、久しぶりに会ってびっくりしたな。卒業して以来だからか、２０年振りぐらいだなぁ」
嘘ばっかり…芳恵は心の中で呟いた。
「へぇ、若しかして高校の時の彼女とか？」
芳恵は、聞いた。
「いやいや、単なるクラスメートだよ」
真之は、大袈裟に手を振って否定した。
その平常ではない態度から、単なるクラスメートでないと芳恵は直感した。
二人の会話からすると、あの女は、真之が米国に行った事は知っていたようだ。
２０年振りに会ったクラスメートがその事を知っている訳がない。
何で男って、こんなに嘘が下手なんだろう。もっと上手な嘘を付けばいいものを…と芳恵は思った。
芳恵は、和子の顔を見た瞬間、ハッとした。
…この人、私に似ている…
芳恵よりも、５歳くらい年上に見えた。
一重瞼ですっきりとした顔の雰囲気が似ていた。
芳恵は、真之が過去にプロポーズを断られたという話を一度だけ聞かされた事があった。
その女が、今の女だと直感した。
そして、真之が自分を気に入った理由も分かった気がした。
「せっかく、高校の同窓会の話でもしようと思ったのに、相手にされなかったよ。若しかして、高校時代に嫌われてたのかなぁ」
真之は、うなじを掻きながら下手な嘘を付いた。
研究の時は、恐ろしいほどの頭脳の冴えを見せる真之も、こと恋愛の時は、その活動を停止するらしい。
まぁ、良いわ。騙されておいてあげる。
過去の女に嫉妬してもしょうがない。
それに、年増のオバサンに、私が負ける訳がない。
美しさも若さも私の方が勝っている」
芳恵は心の中で呟いてから、薄笑いを浮かべて、藤棚を指差して言った。
「満開の藤棚って、紫色の小さな滝が流れ落ちているみたいね」
「あぁ、本当だね。実は、藤の花っていうのは日本の固有種なんだ。知っていたかい？」
真之が、したり顔で言った。
「へぇそうなの。知らなかったわ」
「狭い島国の日本だけに自生しているっていうのも不思議なもんだよ。その藤を見事に表現した藤棚は、将に日本の美だね」
「藤の花は しなひ長く 色濃く咲きたる いとめでたし」
芳恵は、言った。
「それは、何の引用だい？」
「あら、植物に詳しい真之さんが知らないなんて珍しいわね。清少納言の枕草子よ」
「枕草子か…古典文学は学生の頃から苦手だったんだ」
「平安時代も今の時代も、女性の観察眼は鋭いのよ。あまり見くびっていると火傷するわよ」
芳恵は、不敵に微笑んだ。
青空を背にして咲く藤棚に、初夏の涼風がそよぎ込んだ。
垂れ下がる薄紫の花房は、擦れ合いながら藤波となって風にざわめいた。
第１５章 終了
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