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第６章 フォトコンテストでの出会い
愛子は、表彰式へ向かうため、裏口に呼んでいたタクシーに乗り込んだ。
座席には既に、専務の石墨(いしずみ)が乗っていた。
彼は、フォトコンテストの選考委員を務めていたので、会場に同行することになっていた。
石墨が、ドレスアップ愛子を見て、生唾(なまつば)を飲み込んだ。
愛子は、絡(から)め盗るような視線を感じ、身の毛のよだつような気持ち悪さを感じた。
タクシーでは、FM軽井沢のラジオ放送を流していて、モンキー情報を伝えていた。
野性の猿の群れが、今、軽井沢のどこの地区にいるかを伝える放送だった。
その放送を聞いてた運転手は、自分の畑も被害にあったらしく、
「猿なんか、ぶっ殺しちまえばいいだ」
と息巻(ま)いていた。
 
軽井沢の猿（ 軽井沢の四季彩写真館～四季の便り～ website より）
沿道では、自然保護団体がデモをしていた。
「軽井沢黄菅を守ろう！」
「野生動物の大量虐殺を許すな！」
と書かれたプラカードを持って、大規模開発に反対していた。
石墨が、デモを目にすると、露骨(ろこつ)に嫌な顔をして車内で悪態(あくたい)を付いた。
彼にとって、自然保護団体は、敵以外の何者でもなかった。
高級別荘地が垣根を連ねる旧軽井沢地区。
そこにある万平（まんぺい）ホテルが、フォトコンテストの表彰式の会場だった。
タクシーが万平ホテルに到着すると、愛子たちは控え室に案内された。
部屋に入ると、先に来ていた男達の目が一斉に愛子に向けられた。
ボディーラインが露(あら)わになった愛子のドレスに釘付けだった。
花に誘われる蜜蜂のように、男の視線が、愛子という艶花へ引き寄せられていた。
「いやぁ、今日は一段と美しいですな」
観光協会会長の遠山が、晴れやかな笑顔で出迎えた。
彼の視線が、まじまじと胸元に注がれているのが、愛子には分かった。
表彰式の会場で、矢崎誠治(やざき せいじ)は、円卓に出された高級なシャンパンを飲みながら、自分の名前が呼ばれるのを待った。
豪華なシャンデリアや壁掛けの絵画を眺めていると、何だか自分が場違いな所に来てしまったようで落ち着かなかった。
床の絨毯もフカフカしていて、何だか浮ついた気分だった。
参考写真 ： 万平ホテル website より
矢崎は、フォトコンテストの受賞の知らせを聞いた時、天に昇る程、嬉しかった。
五十五歳で早期退職をして以来、趣味の写真に没頭してきた。
フォトコンテストのチラシを見つけては、腕試しに投稿し続けていたのだが、全く泣かず飛ばずだった。
妻には、
「惨(みじ)めなだけだから投稿するのはもう止めなさい、才能がないのよ」
と言われていた。それでもめげずに投稿を続けて、今回ようやく初受賞となった。
『優秀賞、「新緑の山景」、矢崎誠治さん』
司会者がアナウンスした。
矢崎は、緊張した。
鏡を見て、何度も直した新調の蝶ネクタイを、もう一度直した。
満場の拍手の中、表彰台へ向かった。
長いサラリーマン生活でも、これ程、豪華な場所で表彰されたことは一度もなかった。
表彰台で、華やかなドレスを着た女性の前に立つと、緊張は極度に高まった。
Ｕ字に開いたドレスの胸元には、豊かな乳房の谷間が覗いていた。
矢崎は、賞状を受け取る際に顔を上げると、授与役の女性と目が合った。
その瞬間、何処かで会ったことがあるような気がした。
思い出そうとして、顔を凝視していると、彼女の顔に翳(かげ)りが射した。
だが直ぐに柔和な笑顔に戻り、何事もなかったように、賞状などを手渡した。
矢崎が円卓の前に戻って来ると、アルマーニのスーツを着た男が近寄ってきた。
「受賞おめでとうございます。私はこういうものでございます」
と会釈をしてから、名刺をくれた
星川観興(ほしかわかんこう)株式会社、専務取締役、石墨大助(いしずみだいすけ)と書かれてあった。
狡猾(こうかつ)そうな目と、自信に満ちた態度が印象的な男だった。
「あなたの写真は実に良かった。新緑を背後にして、藤と山ツツジが咲き、その奥には浅間山が聳(そび)えている。これぞ軽井沢という写真でしたよ」
石墨が、言った。
「褒めて頂いて嬉しいです」
矢崎は、はにかんだ。
参考写真 ： 浅間山
「さり気無く私どものホテルが入っているのが、また宜しい。私は、最優秀賞に推したのですが、私の力不足で優秀賞止まりでした。自分も、カメラ好きなので分かるのですが、あのような写真を撮るのは簡単ではない。天気を考慮するのは勿論、太陽の高度やレンズの種類、露出や絞り、フィルターなどを駆使しなければ、あそこまでの写真は撮れませんよ。恥ずかしながら、選考委員の中には、カメラについて、ろくに知らない連中もいるんですよ。ただ写真を見て、綺麗だとか面白いという基準で選んでいるんです。まぁ、協会やホテル関係の人間なんて、大抵そんなレベルですけどね。私が見た中では、あなたの写真が、ナンバーワンです」
矢崎は、石墨と熱い握手を交わした。
その後も、彼とカメラ談義(だんぎ)に花を咲かせた。
話が一段落すると、石墨が改まった様子で話を切り出した。
「実はですね、今度、我がホテルのパンフレットを刷新(さっしん)する予定なんです。そこで、是非、矢崎さんにパンフの写真を撮って頂きたいと思うんです」
「えぇー、素人の私なんかで良いんですか？」
矢崎は、急な話に目を見開いた。
「ご謙遜(けんそん)なさらずとも、あなたの実力は私が保証します。勿論、これはビジネスですので、当然、報酬は出しますよ」
「私なんかで、本当に大丈夫かな？」
矢崎は、自信な気に呟(つぶや)いた。
「大丈夫ですよ。大まかな場所や構図は、私が指示します。後の細かい所は、矢崎さんの感性にお任(まか)せしますよ」
「あまり自信はありませんが、やれるだけやってみます」
「あなたの腕前なら朝飯前ですよ。所で、矢崎さん、今日の宿泊はどちらに？」
「軽井沢ヴィラ・ヘメロカリスといホテルの予約を取ってあるんですよ。初夏に来た時に泊まって、気に入りましてね」
「おお、それは奇遇ですなぁ。そのホテルは、弊社が経営しているホテルです。では、今日は、無料でＶＩＰルームをご用意させて頂きますよ。早速ですが、明日は何かご予定はありますか？」
「松本からレンタカーで来たので、軽井沢をドライブしようと思ってます」
「それは都合が良かった。ドライブがてら、先ほどお願いした写真撮影をお願いしてもいいですかね？天候によっては二、三日かかるかもしれませんが、大丈夫ですか？」
「気侭(きまま)な一人旅ですから、大丈夫です。日程の調整は何とでもなりますよ」
「それはありがたい。では、詳しい話は、今夜、一緒に酒を飲みながでもどうですか？」
「良いですね。酒には目がないもので…」
「では、美味い地酒を出す店にご案内しますよ」
石墨は手酌(てじゃく)で酒を飲むまねをした。
石墨との話が弾み、矢崎はシャンパンが進んだ。
石墨の話によると、ピンクのドレスで壇上に立っていた女性は、星川観興の副社長という事だった。
何処かで会ったことがあるような気がしたのは、以前、泊まった時に、見かけたのかも知れない…と矢崎は思った。
矢崎は、石墨と午後六時にあう約束を交わして別れ、 ホテル を後にした。
第６章 終了
→ 第７章 ： ペガサスとフェアリー へ
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