朝比奈颯季　ネット小説　神成探偵社の事件簿1～支笏湖に消ゆ～　第８章　みるくの中で

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神成探偵社の
事件簿１
-支笏湖に消ゆ-

第８章：
みるくの中で

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　第８章　みるくの中で

　札幌の北区と東区の境界は創成川という人工の川で仕切られている。
　　　　　
　　　　　参考地図　：　札幌の創成川

　ハンドルを握る真之は、創成川に架かる橋を渡り、一軒の喫茶店の駐車場に愛車のフォード製のＲＶ車を停めた。燃費が悪いのがたまに傷だが、北海道のダート道や冬の雪道にもビクともしない頑丈な車だ。

　車から下りて、爽やかな初夏の陽射しを浴びながら喫茶店の玄関に向かった。「みるく」と書かれた看板が揺れていた。喫茶店の木枠の扉を押して中に入った。芳恵は、既に奥の席に座って待っていた。席に向かう途中、カウンターにいたマスターに声を掛けてコーヒーを注文した。
　　　　　　　　　

　ここの喫茶店は、真之が学生の頃に、よく使っていた店で、札幌のフォークソングの草分け的な存在だった。昔、メジャーデビューする前の中島みゆきが、よくライブをしていた事でも有名だ。
「ごめん、お待たせ」
「１０分の遅刻よ。もう、コーヒーなくなっちゃったしょ」
「すまない、特許の件で弁理士と打ち合わせをしていて少し遅れちゃったんだ」
「まぁ、良いわ。この埋め合わせはこの後してもらうから」
「所で、三ツ橋製薬の調査はどうなった？」真之は、芳恵に顔を寄せて小声で尋ねた。
　盗用を疑っている三ツ橋製薬の特許の出願者の一覧には、三ツ橋晃という名前があった。何となく聞いた事のある名前だなと思って調べて見ると、札幌医薬大学の准教授だった。さらに調査を進めると、三ツ橋製薬の創業者である三ツ橋潤一郎の三男だと言う事も判明した。ちなみに、長男の三ツ橋良勝は、社長を勤めていて、次男の幸二は、中国の海外法人の社長だった。
　三ツ橋製薬の本社と研究所は京都にあった。それなのに、何故、札幌にある研究所から盗まれたのかが、よく分からなかった。パソコンのウィルスなども疑って見たが感染した様子はなかった。ソフトウェアを開発する会社ならまだしも、製薬会社がパソコンのウィルスなど作れる訳もない。しかし、三ツ橋製薬の一族が札幌にいる事が分かり、三ツ橋晃が、今回の特許盗用に関わっているに違いないと直感した。
「やつらの手口が、大体見えてきたわ」
　芳恵は、思わせぶりに伊達メガネの柄に手を掛けてから、鞄から一冊のレポート用紙を出した。
「どうやら、製薬販売員の葉山美絵と三ツ橋准教授は関係があるみたいね」
　芳恵は言った。
「葉山美絵。何処かで聞いた覚えがあるな。確か、野幌薬品の販売員じゃなかったかな。確か昨年までうちにも営業で来ていた気がするな」
　真之は、葉山美絵の妙に婀娜っぽい顔を思い浮かべた。歳は三十路前だったはずだ。研究室では、色々な実験材料を購入するために、幾つかの薬品会社や製薬会社と取引をしている。彼女は、その内の一社の営業をしていていた。
「私の勘だと、葉山と三ツ橋准教授の間は、単なる仕事上の関係を飛び越えて、男と女の関係になってるのは間違いないわね。でも、准教授は、妻子持ちだから結婚はできないわ。何だか、私と真之さんの関係みたいね」
「オイオイ、人聞きの悪い事をいうなよ。俺たちは独身同士だから不倫じゃねぇだろう」真之は、困惑顔で芳恵に耳打ちした。
「したら、そろそろ独身はやめてみる？」芳恵は、意味深な事を行って真之の目を見た。
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ。まぁ、その話はおいて置いてだ。その葉山という販売員が、うちの研究室の機密データを盗んだという事か？」
「その可能性はあるわね。したけど、一介の販売員が、簡単に新薬の情報を盗めるほど、真之さんの研究所のセキュリティーは緩いの？」
「セキュリティーに関してはかなり厳しくしている。ＩＤカードがないと研究室には入れないし、普通、薬品の販売員は接客ロビーまでしか入れない」
「とすると、そう簡単には出来ないわよね。それとね、竹上登という男が、三ツ橋准教授の所に出入りしている事も分かったのさ」
「誰だ、そいつ？」
「正体がまだ分からないんの。販売員の葉山美絵と時々、一緒に現れて、三ツ橋助教授と打ち合わせをしているわ。若しかしたら、竹上も薬品関係の人間かもね」
「そいつも、何だか怪しいな。すまないが、三ツ橋の身辺をもう少し調べてみてくれ」
「えぇ、任せておいてよ。何だかシャーロックホームズにでもなったみたいで、面白くなってきたわ」
「おいおい、あんまり調子に乗って捕まるような無茶はするなよ。やつらも、自分たちの犯罪がばれないように必死になってくるから、危険な真似はしないでくれよ。あくまでも、見つからないようにこっそりな、こっそり」
「あら、恋人の身を案じてくれてるの？それとも私が捕まったら、真之さんの立場が危なくなるから、そちらの心配をしてるのかな？」値踏みするような目付きをした。
「お前の心配をしてるんだよ。俺らは何もやましい事をしている訳じゃない。あくまでも、犯罪行為を暴くためにやっているんだ。奴らのやった事が、法で裁かれないとするなら、日本の創薬産業が、駄目になってしまう。寝食を忘れて、一生懸命に研究してくれた学生や研究員に報いるためにも、俺たちの特許は取り戻さなければいけないんだ。お前だって同じ創薬を研究する者として、理解できるだろう」
　真之は、熱っぽく語り終えると、運ばれてきたストレートコーヒーを飲んだ。
　　　　　　

　第８章　終了

 　　

　　　　　　　　　
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