朝比奈颯季　ネット小説　神成探偵社の事件簿1～支笏湖に消ゆ～　第６章　旭山動物園

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事件簿１
-支笏湖に消ゆ-

第６章：
旭山動物園

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　第６章　旭山動物園

　清田文忠は、半導体製造装置を作っている日本エレクトロンという会社に勤めている。札幌支店が大通公園にあり、そこで働いている。
　半導体の製造には、フォトリソグラフィー（略称：フォトリソ）という技術が不可欠だ。フォトリソを簡単に説明すると、光に感光する樹脂を使って、ナノ単位の回路パターンを形成する技術だ。この技術がなければ、高性能の半導体や大容量のハードディスクを作ることが出来ない。パソコンや携帯電話の進化、つまり、高度なＩＴ社会を支えるキーテクノロジーだ。文忠の会社は、フォトリソ装置で業界トップのシェアを誇っている。顧客は、日本のみならず、米国、韓国、台湾、中国、欧州と世界各国に渡っている。日本は半導体業界において、米国、韓国との競争に敗れ、売上高では海外の顧客の方が圧倒的に多い。
　文忠は、フォトリソの装置に内蔵するソフトウェア開発を担当していた。今日は、新製品に関する設計会議があって、遅くまで時間をとられてしまった。会社のビルを出ると、大通公園の東端に立つ札幌テレビ塔が見えた。テレビ塔の電光時計は、夜の９時３０を示していた。家に着いた時は、10時半を回っていた。
　由美子と幸明は、もう眠っていた。背広を脱いで部屋着に着替えてから、子供部屋へ行って二人の寝顔を見た。スヤスヤと眠っていた。二人とも天使のような可愛らしい寝顔だった。
　妻の和子が用意してくれていた晩御飯を食べた。和子が、寝巻き姿のまま、冷蔵庫から冷えたビールを持ってきてくれた。お気に入りの札幌クラッシックだ。北海道限定のビールで、昔ながらの味が気に入っている。蓋を開けて、琥珀色のビールをグラスに注いだ。特大のホッケを肴に、喉を鳴らして、札幌クラシックを飲んだ。

　　

サッポロクラシック（サッポロビール株式会社 Web siteより）

　ビールを、快調に飲みながら、スポーツニュースを見た。残念ながら、北海道ファイターズは負けてしまったようだ。文忠は、野球よりもサッカーの方が好きだが、やはり地元のチームが負けると悔しいものだ。隣のテーブルに座っていた和子が何だか浮かない顔をして言った。
「ねぇ、あたな、今日はあんまり飲み過ぎないでね」
「別に良いっしょ、金曜の夜ぐらい。明日は、休みなんだしさ」
「明日は、子供たちと一緒に旭山動物園に行く約束っしょや」
「あれ、明日だっけ？」
「やっぱり、忘れてた。二人とも楽しみにしてるんだから。明日、二日酔いで起きれないなんて、しゃれにならないからね。起きなかったら、あなただけ置いていくからね」
「したら、今日の所は、二缶で…いや、やっぱり三缶で止めておくかな」
「まぁ、三缶でも良いけど、今は、朝の二日酔いで運転しても酒気帯びで捕まるんだから、もし捕まったら、それこそ、洒落にならないっしょ。したら、私は寝るから、後は適当に片付けておいてね。お休みなさい」
「あぁ、お休み」
　妻がドアを閉めて部屋を出て行くのを見て、文忠は３缶目の札幌クラシックに手を伸ばした。スポーツニュースでは、セリエＡの特集番組が始まった。中田ヒデの、目を見張るようなスパーゴールに興奮して、ビールを飲んだ。
「いやー、やっぱり、ヒデはいいねぇ。セリエＡ終わったら、コンサドーレに来てくれねぇかな…」と独り言を呟きながら、空になった缶が、一つ、また一つと増えていった。

　次の朝、子供たちが騒ぐ声で目が覚めた。休日ぐらいゆっくり寝かせて欲しいのに、と文忠は布団を被った。結局、昨晩は、ビール缶を５本開けてしまった。酒臭くはないが眠くてしょうがなかった。
「パパ、起きれー！」と叫びながら、息子の幸明が、布団の中の文忠目掛けて、フライングボディーアタックをかましてきた。
「いってーな。もう少しだけ寝かせてよ」
　布団のモグラは息子に言った。
「パパ、早く起きて朝御飯食べないと、間に合わなくなっちゃうっしょ」
　娘の由美子もモグラを起こしにやってきた。
「ちょっとぐらい遅れても、大丈夫だよ。動物は檻の中から逃げていかねぇべ」
　モグラは布団の中から言った。
「旭山動物園は大人気だから、開園前に行って並ばないとゆっくり見れないって、母さんが言ってたよ」
「そんなことないっしょ。それに、もし混んでて入れないんだったら、近場の円山動物園でも良いっしょ」
「そんなの駄目に決まってるっしょ。円山動物園には、もう何回も行ったから、飽きちゃったよ」
「もう一回、行けば、更なる発見があるかも知れないよ」
「もう、あったま来た。早く、起きれー」
　娘の由美子も、文忠目掛けてフライングボディーアタックをかました。二人掛かりでモグラを朝食のテーブルに引っ張ってきたモグラ親父の文忠は、眠い眼をこするながら、壁に掛かった皿時計を見た。７時５分前ぐらいだった。平日でも７時過ぎに起きるのに、休日に、それより早く起されるのは辛かった。

　朝食を取ってから身支度をした。文忠の持ち物と言えば子供たちを撮るためのデジカメぐらいのものだった。
　和子は、朝早く起きて、大きな弁当を作っていたし、子供たちも昨晩に準備を整えていたようで、７時半には荷物を抱えて家を出た。
　文忠は車庫から、今年、奮発して買ったハイブリッド車のエスティマを出して、玄関前に停めた。玄関先の小さな庭は、和子が最近、凝っているガーデニングの花々で埋め尽くされていた。車から降りると、サングラスを掛けた見知らぬ男が、角の電柱からこちらを見ているのに気が付いた。何者だろうと、その男に目をやると、男は、そそくさと角を曲がって立ち去って行った。

　文忠は札幌北ICから高速道路に乗った。高速道路を快調に飛ばして、１時間半ほどで札幌から旭川に到着した。高速の出口から動物園までは10km程の道程だったが渋滞になっていた。
　　　

　　　　　　　　　参考地図　：　札幌～旭川間

　ようやく、動物園の駐車場に車を停めた頃には、開園時間の9時半になっていた。動物園と聞いて文忠が思い出すのは、狭い檻の中で憂鬱そうな顔で佇んでいる動物の姿だった。
　幼少の頃は、ライオンやキリンと言った珍しい動物を見る事が出来て、それなりに楽しむ事ができたが、中学生ぐらいになると、何だか動物が不憫に思えて動物園に行くのは気が進まなくなった。それ以来、動物園には行っていなかったが、結婚して子供が出来てからは、札幌にある円山動物園に何度か足を運んだ。正直言って、子供たちのように無邪気に動物を見てはしゃぐ事はできなかった。
　最近、大人気になっている旭山動物園だけあって、そこでは生活感溢れる動物のリアルな姿が見る事ができた。
　人間目掛けて豪快にダイブする白熊。
　透明なパイプの中を愛くるしい顔で通り抜けるアザラシ。
　遥か上空のロープを両手で伝うオランウータン。
　真下から見上げる豹の牙と唾液。
　狭い檻の中で動物が病的なまでに隠然としているのではなく、動物本来の野性味のある顔をして、活発に動き回っている姿に感動した。人間の能力を超越した動物本来の姿がそこにあった。動物に対する驚きと共に、そこには畏敬の念を感じずにはいられなかった。
　ただ、あまりの盛況振りで園内は混んでいた。観光バスで多量の来園者が、どっと堰を切ったように園内に流れ込み、時間になるとサーッと引いて言ったかと思うと、次のバスが来て客がドッと流れこんできた。混みあう客の中に、今朝、家の前で見かけたサングラスの男を見かけた気がした。　しかし、気のせいだったかも知れない。服装も朝に見かけた時とは違っていたし、初夏の陽射しが強い今日は、サングラスを掛けている人も多かった。子供や妻と一緒になって、心底、動物園を楽しむことが出来た。正直な所、家族サービスのつもりで義務的な意識で動物園に来た。だが、無心になって楽しむ事ができた。最近は、休日にも仕事の事が頭から離れなかったが、久しぶりに仕事を完全に忘れることが出来た。さすがは、来場者数が上野動物園を抜いて日本トップになっただけの事はある。ここまで動物園を楽しめたのは、生まれて初めてだった。

　　　　　　　　

　旭山動物園の後は、晩御飯を食べてから札幌に帰ることになった。　
「やっぱり、旭川来たら、旭川ラーメンっしょ」
　ラーメン好きの和子が、真っ先に言った。
「ラーメンなんて札幌にも腐るくらいあるっしょや。お前は、本当にラーメン馬鹿だな」
　文忠が、からかうように言った。
「したら、あなたは他に何か旭川で食べたいものがあるのかい？」
「うーん、そう言われれば、確かに名物って言ったらラーメンぐらいかな」
「したら決まりだね。青葉っていう老舗のラーメン屋があるんだ。前々から、そこのラーメンを食べたかったんだ。二人もそれで良いかい？」母の勢いに押されて由美子と幸明は、頷いた。

　和子は、ガイドブックを手にして上機嫌で助手席に乗り込んだ。旭川市の郊外にある動物園から、市内に車を走らせた。旭川の街も、札幌同様に碁盤の目状になっていたが、駅前はやたらと一方通行が多かった。
　和子の垂涎の的であった青葉というラーメン屋は、ＪＲ旭川駅の手前にあった。旭川ラーメンと言えば醤油が主流だと思い込んでいたが、自称ラーメン通の和子、曰く、それは思い込みだというのだ。確かに東京などに進出した旭川ラーメンの有名店は、醤油を主流としている。しかし、地元の旭川では、醤油だけでなく味噌ラーメンの美味しい店もたくさんあるというのだ。むしろ、数としては味噌ラーメンを得意とする店の方が多いと、和子が力説していた。
　和子は、車の中で、ラーメンのウンチクを語っていたが、いざ青葉に入って注文したのは、結局、醤油ラーメンだった。青葉のラーメンは、スープに、こだわりがあるらしく、根昆布や小魚、野菜や鶏ガラなどの材料で仕込んであるとのことだった。見た目は濃厚な感じがするが、淡白でいてコクがあった。チャーシュウーも柔らかく円やかな口当たりで美味しかった。

　　　

　旭川ラーメンで腹を満たした後、札幌に向った。　旭川鷹栖ＩＣから高速に入る前には、子供も和子も車のシートで眠っていた。文忠はあくびをしながら、缶コーヒーで眠気を払いつつ、高速で札幌に車を走らせた。
　

　第６章　終了

　

　　　　　
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