朝比奈颯季　ネット小説　神成探偵社の事件簿1～支笏湖に消ゆ～　第２３章　藻岩山の夜景

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支笏湖に消ゆ　；　神成探偵社の事件簿１

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神成探偵社の
事件簿１
-支笏湖に消ゆ-

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　第２３章　藻岩山の夜景

　芳恵は真之と仕事帰りに合流して食事をする約束をしていた。場所は美しい札幌の夜景が見える藻岩山の山頂レストランだった。

　　　

　芳恵は黒縁の伊達メガネをして変装していた。
　札幌は、人口190万人という大都市だが、有名なデートスポットでは知り合いに会う事が時々ある。
　大人が誰と付き合おうが関係ないのだが、医薬大関係の人間に見つかって噂が立つのが嫌だった。
　デートの相手が、札幌の医薬界ではライバル関係にある大学の教授だけに、関係者に目撃されれば、大学の研究室に居づらくなってしまう。
　博士課程を取るまでの我慢だ。
　来年には、医局のしがらみが、はびこる大学を出て、真之の勤める先端医薬研究所に就職できるはずだ。

　芳恵は、夜景を眺めた。
　札幌の街は、格子状に光の筋を刻みながら、光の粒を散りばめていた。
　地上の星々の上空には、仄蒼い光芒に包まれた夜空が広がっていた。
　普段の生活では、光の氾濫の中で生活している事に何の違和感も感じない。
　しかし、こうして郊外の山頂から夜景を眺めると、私たちが、おぞましい程の光の渦の中で生活しているか実感できる。

　夜景を見ながら、物思いにふけっていると、真之が来た。
　彼も伊達メガネを掛けていた。
　何だか二人で、ちょっとした仮面舞踏会にでも来ているような気分だった。

　百合が原公園であの女に会ってから、真之の雰囲気が何処かおかしい。
　時々、何かを考えているように遠い目をしている。
　話しかけても上の空で芳恵の話を聞き流していることが多かった。
　今日も、夜景を眺める真之の横顔は、何処か物憂げな表情をしていた。
　芳恵が話しかけても、お座なりな返事だった。
　それに今日は、真之からプレゼントされたルビーのイヤリングをしてきたのに、気付いているのかいないのか、何の反応も示さなかった。
　隣にいるにも関わらず、心ここにあらずという感じだった。
　せっかく気分を盛り上げようと思って、この夜景の綺麗な藻岩山を選んだのに…
　芳恵は、寂しい気持ちになった。

　やがて、ディナーが順番に運ばれてきた。

　オホーツク産のつぶ貝のパイ包み
　枝幸産のホタテのムニエル
　滝川産の合鴨ロースト
　北海シマエビの塩揚げ

　　　　　　　　　　

　地元北海道の食材をふんだんに使った料理は、胃袋と同時に、心も和ませてくれた。
　美味しい料理を食べているうちに、真之も気分が解れて来たらしく、話をし始めた。
「所で、奴らの事で何か新しいことは分かったかい？」
　真之は、微笑みながら芳恵に尋ねた。
「三ツ橋助教授の所に出入りしている葉山美絵と竹上登は、週一ぐらいの間隔で、定期的に助教授の研究室で打ち合わせをしているみたいね」
「打ち合わせの内容は掴めないのか？」
「色々と探りは入れているけど、研究室内で打ち合わせに出ているのは三ツ橋助教授だけで、他の人はノータッチみたい」
「３人だけの秘密の会合って訳か…」
「それと三ツ橋助教授の研究実績の件だけど、彼の論文や学会発表誌を漁ってみたんだ。したけど、問題の特許の内容は、余りにも彼の研究実績とはかけ離れていたのさ。彼の研究室のドクターや助手の人にも聞いてみたんだけど、その研究に携わった人間は誰もいないみたい。三ツ橋助教授の言葉を借りると、三ツ橋製薬の研究所がメインで実験を進めて、彼自身はフォローをしただけということだったわ」
「そうなると益々、怪しいな」
「それと、竹上について分かった事だけど、どうも彼は、定職には付いてないみたいなのさ。ただ、手品が得意らしくってイベンドなんかで、マジシャンやピエロをやってるみたいね。時々、大通公園なんかで大道芸をしてるらしいわ」
「医療とは全く関係のない人間が何故、三ツ橋助教授の研究室に出入りしてるんだ？もう一人は、薬品会社の営業の人間だが…」

「ゆすりや、たかりの類いかしら？」
「そうかも知れないな。若しくは、３人でばれてはいけないような事をしている可能性もある」
「それは、他人の研究をネコババするような犯罪って言いたんでしょう？」
「その通りだよ。今回の事件には、必ず三ツ橋助教授が絡んでいる。ただ、どうやって盗んだがが分からないんだ。そこを突き止める事が出来れば、今回の特許訴訟は絶対に勝てる」
　真之は、グラスを回して中の氷を鳴らした。
「所で、真之さん。最近、何だか元気ないっしょ。どうしたの？」
「特許訴訟でゴタゴタしてる上に、来月に迫った国際学会の準備もあってくそ忙しいんだ。そのせいだよ」

「嘘よ。あの女が原因でしょ」
　芳恵は、そう言いたいのを我慢した。
　そして、皮肉をこめた眼差しで真之を見詰めた。
　真之は、はぐらかすようにして、視線を芳恵から札幌の夜景へと移した。
　芳恵は、夜景を眺める真之の横顔を見詰めてから、仄蒼き夜空に包まれた夜景を見た。
　街灯りが明るすぎて、札幌の空には星の瞬きは見えなかった。

　藻岩山での夜景ディナーの後、何時ものようにラブホテルに向かった。
　真之がシャワーを浴びている間に、芳恵はクーローゼットを開けて、真之の背広のポケットを探ってみた。
　内ポケットから、茶革の手帳が出てきた。
　素早くページを繰って日程表を見た。
　今週の水曜日に○がしてあった。
　「午後一時、百合が原公園の藤棚にて」とメモ書きがされてあった。

　全く、真之は何を考えているのだ。
　まさか、ヨリを戻すつもりなのか…
　だとすれば、あの年増女が、真之をたぶらかしたに違いない

　芳恵は更に手帳のページを捲って、隈なく目を走らせた。
　メモ欄に、清田和子と書かれてあった。
　名前の後に、住所と電話番号まで書いてあった。
　芳恵は腹が立ってきた。
「くっそう、あの年増女め。昔の婚約者だか何だか知らないけれど、この際、はっきりさせてやるわ」
　と嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった。
　芳恵は、真之がシャワーから上がって来たら問い詰めてやろうかとも思ったが、それだけでは我慢ならなかった。
　自分に内緒で、昔の女に会おうとしていた事を後悔させなければいけない。
　付き合い始めた頃にも、芳恵に内緒で、藤森由香子という真之の研究室の教え子と二人っきりで食事をしていた事があった。
　東京にある製薬会社に就職してリクルーティングで大学に来たから、一緒に食事をしただけだと言っていたが、どうも怪しかった。
　水曜日に、百合が原公園で待ち伏せして、二人が揃った所で、女狐の尻尾をつかんで、ギャフンと言わせてやる。
　そうすれば、真之も目が覚めるだろう。
　芳恵は、清田和子の住所と電話番号をメモった。
　それから、そうっと茶革の手帳を、真之の背広のポケットの中に戻して、ベッドに戻り、真之がシャワーから上がってくるのを待った。

　第２３章　終了

　　

　　　　　　　　　　
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