朝比奈颯季　ネット小説　神成探偵社の事件簿1～支笏湖に消ゆ～　第２２章　犬の交尾

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　第２２章　犬の交尾

　幸明は、学校でも思い悩んでいた。
　姉の出生に関する事だったので、由美子にも相談できず、一人で思案に暮れていた。
　放課後、公園で友達と遊んでいても、両親の喧嘩の光景が頭にこびり付いていて離れなかった。
　ふと、犬を探していた青年の顔が浮んだ。
「そうだ。あの探偵さんは、困った事があったら何でも解決するから、相談してくれと言っていた。世界中の事件を解決していると言っていたから、ドラエモンみたいに、パパとママの喧嘩を止める事ができる道具を持っているかも知れない」

　幸明は、農試公園に行って園内を探し歩いた。
　そして、ようやく探偵の姿を見つけた。
　彼は、赤いハマナスが花を咲かせている生垣の前に立っていた。
　相変わらず土埃に塗れ格好をして、辺りをキョロキョロと窺っていた。
　幸明は、彼の下に駆け寄って、「探偵さん」と声を掛けた。

「君は確か、犬を探してくれた少年だね」
「うん、清田幸明っていうんだ。小学２年生」
「いい名前だね。それで幸明くん、僕に何か用かな？」
「うん、実は、解決して欲しい事があるから、相談しに来たんだ」
「ほう、僕で良かったら聞いてあげよ」
「あのね、これからいう事は内緒だよ、誰にも言わないでね」
「うん、誰にも言わないよ。クライアントの依頼は、決して他言しない。約束するよ」とウィンクした。
「実は、パパとママが喧嘩して、離婚するかも知れないんだ」
「それは困ったね」
「だから、何とか二人を仲直りさせて欲しいんだ」

　少年の目は真剣だった。
　真剣だけに星は、弱ってしまった。
　夫婦喧嘩は犬も食わないとは良く言ったものだ。
　警察はもとより、他人には干渉しがたい人間関係だ。
　星はしゃがんで、幸明と目線を合わせた。
「喧嘩の原因は何だい？」
「うんとね…」
　幸明は元気なく俯いた。
「話したくなければ無理に話さなくても良いんだよ」
「うんとね…結婚しないと子供は出来ないんだよね？前に、ママに子供はどうしたら出来るのって聞いたら、そう言ったんだ」
　星は、正直に答えて良いものか迷った。

　うだつの上がらない独身男が、赤の他人の子供に対して性教育をしていいものだろうか。
　しかし、少年の様子を窺うと、彼の両親の喧嘩の原因がそこにありそうだというは感じ取った。
「うーん。実はね、結婚しなくても子供は出来るんだよ」
「えっ、本当？したら、どうしたら子供は出来るの？」
「そうなだな、何て説明すれば良いかな。例えば、犬は結婚するかい？」
「犬の結婚式なんて聞いたことないね」
「でしょ。したけど、犬は子供が生まれるっしょ？」
「うん、生まれる。同級生の秀太くんちで飼ってるハスキーは、去年、４匹も子っこを生んだんだ。秀太くんは、１匹くれるって言ってたんだけど、ママに、うちでは犬は飼えませんって言われたんだ」
「それは残念だったね。犬に、雄と雌がいるのと同じように、人間にも男と女がいるよね。僕も男だし、幸明くんも男だ。幸明くんには兄弟がいるかい？」
「いるよ、姉ちゃんが一人いる。」
「姉ちゃんは男かな？」
「オジサン、そんな訳ないべさ。姉ちゃんは女だよ」
「そうだよね。女だよね。したら、お父さんは？」
「もちろん、男だよ」
「したら、お母さんは？」
「女に決まってるっしょや。そんなの常識だべや」
「犬は、雄と雌、どっちが子っこを生むのかな？」
「雌だよ」
「したら、幸明くんを生んだのはパパかな、ママかな？」
「ママに決まってるっしょ」
「そうだね、子供を生めるのは女の人だけだからね。男は子供を生めないね。したら、この世の中に女の人だけいれば、子供は生まれるのかな？」
「うーん、良く分からないけど、そうかも知れないな」
「したら、どうして男の人はこの世にいるのかな？女の人だけでも良いんじゃないの」
「なしてだろう。よく分かんないや」
「幸明くんも、君のお父さんも、そして僕も男だ。どうして僕らは、女じゃなくて男なのかな？」
「それは、キンタマが付いてるからっしょ。男には付いてるけど、女には付いてないもん」
「良く分かったね、幸明くんは、偉いね」
「キンタマって答えて偉いって言われるなんて思わなかったな。先生の前で、キンタマなんて言ったら叱られちゃうよ」
　幸明は、笑った。

「男にはキンタマが付いている。女の人には付いてないけど、子供が生める。それは犬も猫も同じなんだ。幸明くんは、犬のキンタマを見たことがあるかい？」
「うんあるよ。友達の家で柴犬を飼ってるんだ。遊びに行くと腹出して寝転がるんだ。腹を摩ってやると、袋に入ったキンタマを揺らすんだ」
「このキンタマは、何で付いてるかは知ってるかい？」
「うーん、何でだろう…分かんないや」
「したら、質問を変えてみようか。犬の交尾を見たことがるかい？」
「うん、あるよ。雄が雌の後ろにしがみ付いて離れなくなるやつっしょ」
「そう、実は、それが子供を作るための行為なんだ」
「したら、犬は交尾をして子供を作るんだ」
「そうなんだ。実は、キンタマには、精子っていう命の素が入っている。そして、雌の体の中には、卵子っている命の素がある。雄の精子が雌の体の中に入って卵子と出会うと、そこで一つの生命が誕生して赤ちゃんが出来るわけだ」
　星は、右手と左手をくっ付ける身振りをして教えた。

「したら人間も交尾するのかい？」　幸明が質問した。
「うん、そうなんだ」
「したけど、僕は交尾したことないよ」
「子供の時は体が成長してないから出来ないんだ。大人になったら出来るようになるから心配しなくていいよ。幸明くんとパパのあそこは違ってるっしょ？」
「うん、パパのはジャングルだし形も違うね」
「幸明くんも、大人になれば、交尾というか子供作りというか、まぁ、大人としての行為ができるようになるさ」
「ふーん、したら、結婚しなくても子供は出来るんだね」
「だけど、人間は犬とは違うから。誰とでも見境なく交尾する訳じゃないんだ。好きな人とだけするように神様が創ってくれたんだ」
「好きな人とだけか…」
「そう、それに日本の社会のルールでは、結婚しないと子供を作れない事になってるんだ」
　星は、諭すように言った。

「ふーん、そうなんだ。所で、探偵さんは、交尾したことあるの？」
「えっ、俺かい。まぁ、経験はあるよ」
「したら、探偵さんは、結婚して子供もいるのかい？」
「いや、俺は独身だし、子供もいないよ」
「でも、交尾はしたんだよね？」
　幸明は、不思議そうな顔をして星の顔を眺めた。
「うーん、困ったな。そうだね。交尾をしたからと言って、必ず子供が出来るってわけでもないし、交尾したからと言って結婚する訳でもないんだ」
　星は、弱りきって頭を掻いた。

「そっか、したらやっぱり、結婚しなくても子供はできるんだ。したら、僕の姉ちゃんが、パパの子供でないかも知れないのか」
「えっ、パパの子でない？」
　星は、幸明の話を聞いて、ピンと来た。
　先日、神成探偵社に、娘のＤＮＡ鑑定の依頼と、妻の行動調査を依頼しにきた男性がいたのだ。
　クライアントは、清田文忠。
　住所は札幌市西区発寒だった。

「幸明くん。お父さんとお姉ちゃんの名前を教えてくれるかな？」
「うん、良いよ。パパの名前は、文忠だよ。それと、姉ちゃんは、由美子って言うんだ」
　やはりそうだった
　星は、目の前の少年が不憫に思えてならなかった。
　夫がＤＮＡ鑑定を依頼したとなると、事態はかなり込み入っているのだ。
　しかも、夫人の行動を探っているとなると、旦那が不倫を疑っているのは間違いない。
　ちなみに、この調査依頼は、神成探偵社の不倫調査のスペシャリストである小太郎さんが担当している。

「したけど、ママは、姉ちゃんはパパの子供だって言ってたんだ」
　幸明は、悲痛に満ちた表情で話した。
「だったらきっと、お姉ちゃんは、パパとママの子供だよ。産んだのは、ママだからね。ママが一番知っている。ママがそういうなら間違いないさ。きっとパパは、勘違いしてるんだよ」
「そうだよね。お姉ちゃんが、パパの子供じゃないなんて、そんな事ないよね。そうだ、パパの勘違いだ」
「うん、きっとそうだよ。だから、幸明くんも元気して」
　星は、励ます事で精一杯だった。
　少年に現実を突きつけるのは、余りにも酷過ぎる。
　少年の純粋な瞳に、思わず涙が出そうになった。
　浮気の調査結果が、シロである事を…心から願った。

　第２２章　終了

　　

　　　　　　　　　　
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