朝比奈颯季　ネット小説　青空バスケット　第６章　ご対面

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　第６章　ご対面
　
　土曜日まで、ずっと梅雨が続いていた。この分だと日曜に予定されているスリーオンスリーの練習は、雨で中止だなと安心していた。しかし、日曜の天気は、そんな期待を見事に裏切った。雨に綺麗さっぱり洗われた空は、セルリアンブルーに輝いていた。
　朝食後、三角関数の微積分の勉強をした。数学は好きな科目だったが成績がずば抜けて優秀という訳ではなかった。数学は問題を解くのに時間はかかるが、ああでもない、こうでもないと考えを巡らせるのが楽しい。そして、苦労して正解に辿り着いた時の快感が堪らない。数学にはミステリーの謎を解く時のような、癖になる恍惚感がある。

　昼食は家族三人で食べた。テレビでは、のど自慢をやっていた。父は自分が審査員にでもなったように、出場者が歌う度に「この人は鐘一つだとか、合格だ」と評していた。そして、予想が当たると得意気な顔をし、外れると審査員の耳がおかしいと、テレビにいちゃもんをつけた。

　昼飯後、クーラーの効いた居間で、１時間ほど昼寝をしてから自分の部屋に戻った。岳実の部屋には、古い扇風機があるだけだった。碧色の半透明なファンには垢埃が付着し、首を振る度に何かが軋む音が出た。窓を開けて、風力を最大で回しても、部屋は涼しくならなかった。
　どうしようもなく暑いので、Ｔシャツも脱いで、ブリーフ一丁になった。それから首にタオルを巻き、ファミコンのドラクエを始めた。コントローラを握る手に、汗をかきつつ、モンスターのボスを何匹か倒してレベルを二つ上げた。自分のバスケットのレベルもゲームみたいに簡単に上がっていけばいいのになと思った。

　ふと時計を見ると３時半だった。約束した練習は４時からだった。慌てて、スポーツバックに荷物を詰めて外に出ると、太陽の熱烈な歓迎に目を細めた。
　隣の空き地の草むらでは、昼顔が薄桃色の花火を何発も打ち上げていた。

　自転車に跨って達子森のプレイグランドへと向かった。
　道中の庭先には、立ち葵が咲いていた。ハイビスカスに似た花が、2mほどの高い茎に咲き連なっていた。

　

昼顔（軽井沢四季彩写真館 website より）　　立ち葵(Wikipedia　より）　

　集落を抜けると、青々とした田園が広がっていた。稲たちは今こそ書き入れ時とばかりに、全身に日を浴びて輝いていた。青田の上を一陣の風が稲を揺らしながら吹き抜けていった。その光景は、風の忍者が稲葉を翻しながら走っていったようにも見えた。

　達子森は、盆地の中にある小高い山で、ひょっこりひょうたん島のような、ぽっこりした形をしている。　達子森山麓には運動公園があり、バスケットのプレイグランドもそこにあった。

　　　　

　　　　　　　　　　参考写真　：　達子森

　プレイグランドに着いたが、まだ誰も来ていないようだった。
　陽炎が揺らめいていた。午後４時とは言え、気温は３０度近かった。
　こんなくそ暑い日に、太陽の下でバスケットをするなんて気違いじみていると思った。
　基本的に、バスケットは室内競技なので、バスケ部員には色白が多い。野球部やラグビー部と比べれば、その白さは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。岳実は、色白な上に痩せていたので「もやしっ子」と揶揄された事が何度かあった。

　プレイグラウンドのゲートに手を掛けると、背後から岳実を呼ぶ声がした。振り向くと、慎一郎が、隣の野球場の日陰に座っていた。
「何だ慎ちゃん。先に来てだのが」
「プレイグラウンドの中は暑そうだったがら、ここの日陰で待ってたんだ。それにしても今日は暑いなぁ」慎一郎は、額の汗を拭った。

　慎一郎と一緒に日陰で待っていると、芹奈が自転車に乗ってやってきた。隣には、もう一人、女の子いた。
「おーい、セリナ。ここだ」と、手を振って芹奈を呼んだ。
「お待たせ。それにしても今日は暑いな」
　芹奈が、手の平で首筋を扇いだ。
「この暑さの中でバスケしてだら日射病になってしまうよ」
「タゲは大袈裟だな。これくらいで日射病になってだら人類は滅亡してしまうよ。んでも、今日の日差しは強いがら日焼けが心配だな」
　芹奈は眩しそうに太陽を仰ぎ見てから、慎一郎の方を向いて言った。
「ごめん、挨拶が遅れて。菊池芹奈です。タゲの幼馴染です。よろしく」芹奈が、慎一郎に手を差し伸べた。
「ど、どうも、初めまして。す、鈴木慎一郎です。どうぞ、よろしく」慎一郎は、お辞儀をしてから握手した。彼は緊張すると、少し吃(ども)ってしまう。
「タゲから噂は聞いでらよ。ダンクでぎるんだべ？」
「バレーボールでは出来るばって、バスケットボールでは…ちょっと難しいな」
「それでも、たいしたもんだよ。ねぇ、ヨッコ」芹奈が、連れの女の子に話し掛けた。
「うん、ダンクできるなんて、すごいよ」と、さわやかに微笑んだ。
「紹介が遅れだばって、こちらは、洋子です」芹奈が紹介した。
「どうも、大海洋子です。芹奈とは、鳳女子バスケ部の同期です。急に誘ったにも関わらず、スリーオンスリーの大会さ参加してけで、ありがとう」洋子は、丁寧に頭を下げてお辞儀をした。
　仕草からは、品の良さが感じられた。髪はショートカットで、清潔感があった。爽やかな笑顔に、一目で気に入った。
「岳実くん、慎一郎くん、よろしくね」
　岳実と慎一郎は、洋子と順番に握手を交わした。
「うちのバスケ部の自慢のキャプテンなんだ」芹奈が誇らしげに言った。
「何よ芹奈、急に畏まって。それに褒めでけるなんて珍しいなぁ。雪でも降るんじゃねぇが」洋子が、芹奈の脇腹を指で突っついて、二人は笑い合った。

「それにしても、今日は暑っちーな。自転車で達子森まできただけで、汗だくになってしまったよ。ジュースでも飲んでから練習始めるべし」芹奈が言った。
「お、奢りますよ」慎一郎が言った。
「何も気使わねくって良いがら」芹奈は手を横に振って、さらっと断った。
　芹奈と洋子は、冷たいジュースを自販機で買って旨そうに飲んだ。
　慎一郎が岳実の耳元で囁いた。
「あそこで奢るって言ったのは、余計なお世話だったがな？」
「芹奈は竹を割ったような性格だがら、細かい事は、気にしねくて良いよ」と言って、慎一郎の肩を軽く叩いて慰めた。
　正直言って、シャイな慎一郎が、初対面の芹奈にジュースを奢ると言った事に驚いた。勇気を振り絞って言ったのだろうが、無下に断られたので、芹奈が気分を害したのかと不安になったのだろう。岳実は、芹奈との付き合いが長いのでよく分かるが、彼女は男に対して妙な対抗心を持っている。
　男の見栄を酌んで、上手に甘えるということはしない性質だ。芹奈は母親譲りの美しさで、幼少の頃から美少女と評判だった。しかし、男に媚びない勝気な性格と腕力の強さが祟って、小学校の頃は、男子にもてるどころか、怖れられる存在だった。

　ジュースで喉を潤してから、プレイグラウンドに入りシュート練習を始めた。
　岳実は、洋子の３点シュートの上手さに驚いた。
　成功率は、明らかに岳実よりも上だった。
「シュートは、私たち二人に任せておいて」と芹奈が電話で言った意味が理解できた。洋子の身長は170ｃｍぐらいで、動きが俊敏だった。バスケの名門、鳳女子のキャプテンをしているのは伊達じゃないと実感した。

　芹奈は、ミドルのジャンプシュートを練習していた。シュートが良く決まっていた。芹奈の身長は、175cmで岳実と同じくらいだ。実は、高校１年になって、岳実は、ようやく芹奈の身長に追いついた。それまでは芹奈の方が大きかった。芹奈は、ドリブルやパスも上手で、全てのポジションをこなせる万能選手だ。

　慎一郎はゴール下でシュートを打っていたが悲しいほど入らなかった…
　それでも、めげずに、黙々とリバウンドを取っては、シュートを打っていた。

「んだば、そろそろ、２対２のゲームやるべし」
　芹奈が、みんなに声をかけた。
　ジャンケンでチーム分けをした結果、岳実と洋子、慎一郎と芹奈というチームになった。
　ゲームでは、慎一郎が良い所を見せようと躍起になって、ゴール下のシュートを打った。
　ことごとく外れたが自らリバウンドを取って捻(ね)じ込んだ。
　芹奈は敢えて慎一郎にパスを入れて、実力を試しているようだった。
　岳実は暑さのせいと、ここで怪我でもしたら馬鹿らしいと思って手を抜いて練習した。

　２対２のゲーム後、休憩した。
　タオルで汗を拭っていると、背中をツンツンと指で突かれた。振り向くと、芹奈がニヤついて言った。
「タゲ。彼、初心者だべ？」
　芹奈は、そう言ってから、手に持っていた缶ジュースをゴクリと飲んだ。
「やっぱり、分かった？」
「直ぐに分かるよ。ステップやターンが、全然なってねぇもん」
　シュートフォームがおかしければ誰の目にも素人だと分かるだろう。
　慎一郎のシュートは確率は悪いが、フォームは様(さま)になっている。
　実はバスケの素人か玄人かを見分ける点は、ピボットやステップと言った足さばきにある。
「高校から始めたばっかりだばって、身長は高いし、リバウンドも強いよ。それに、真面目に取り組んでるがら、日々、上達してるよ」と、言い訳がましく言った。
「シュートは入らねぇし、ターンは下手だばって、あの真剣さは良いね。切っ掛けさえ、つかめば、大きく伸びると思うよ。うかうかしてると、タゲより先に、桂鳴のスタメンになるかもね」
　芹奈が、さり気なく皮肉を言って笑った。
　岳実は少しムッとしたが、聞き流した。

　休憩後、練習を再開した。
　芹奈は、積極的に慎一郎にアドバイスをして、センタープレイの手解きをした。
　慎一郎は、嫌な顔一つしないで素直にアドバイスを受け入れて、実践していた。
　一方、岳実は素直に芹奈のアドバイスに従えなかった。
　何故なら岳実は、芹奈に対し強烈な対抗心を持っていた。
　芹奈は、幼い頃から学業もバスケも優秀だった。
　それが、彼女の絶え間ない努力の賜物(たまもの)だということも知っていた。
　だからこそ、岳実には見栄しか残っていなかった。
　勉強でもバスケでも芹奈にアドバイスを求めなかった。
　岳実は、慎一郎に対して、「もっと、男としてのプイライドを持てよ」と思った半面、羨ましくもあった。

　太陽が西空に傾き、プレイグラウンド沿いに立つ樅の木影がコートの中に伸びてきた。
　西空の山際は薄黄色に移ろい、夕風が吹き始めた。

　練習後、慎一郎と一緒に、はベンチで汗を拭いてから、着替えた。
　芹奈と洋子は更衣室に着替えに行った。
「慎ちゃん。今日はアホみたいな練習に付き合わせてしまって悪りぃがったな」
「何も。疲(こえ)がったばって面白かったよ。それにしても、あの二人は上手いな。今年の鳳女子は、県大会でもいい所まで行くんでねぇが」
「県北大会での優勝は間違いねぇな。それに、全県でも優勝を狙えるレベルだな」
「全県優勝か…それは凄いな。それに比べて、我(わ)んどの目標は県北でベスト４だからな。タゲはベスト４入りできると思うが？」
　慎一郎は、探るような視線を岳実に向けた。
「実力的にはベスト８ぐらいがな。慎ちゃんの上達次第では、ベスト４入りが出来るがも知れねぇな」
「んでも、我は試合さ出でねぇよ」
「慎ちゃんは桂鳴の秘密兵器だ」
「そう言ってくれるのは嬉しいばって、タゲがレベルアップした方が、チームがもっと強くなるべ。もっと一生懸命、練習すれば、スタメンになれるど思うよ」
　慎一郎の真摯な意見にドキッとした。
　何も言い返せなかった。
　慎一郎をバスケ歴の浅い素人だと侮(あなど)っていたが、岳実の練習振りをしっかりと見ていたのだ。
　他人の成長に頼る前に、自分が成長しなければいけないと気付かされた。
　今回のスリーオンスリーでも、慎一郎を選んだのは自分なのに、優勝できないのを彼のせいにしようとしていた。
　皆を引っ張って、優勝しようという気概が、自分には欠けていたと岳実は反省した。

　着替えが終わった芹奈と洋子が戻ってきた。
「お待たせ。今日は、ご苦労さんでした。さて、次の練習も今日と同じ日曜の午後で良いが？」
　芹奈が、言った。
「芹奈、来週の日曜日は、もう夏休みだよ」　洋子が、答えた。
「あっ、んだね。夏休みだ。忘れてたわ」と、苦笑いをした。
「桂鳴バスケ部の夏休みの練習は午前中？」　洋子が、岳実に尋ねた。
「うん、午前中だよ」と答えた。
「部活が休みの日はいつ？」
「水曜と日曜だ」
「鳳女子も休みが同じだから、丁度良いね」
　洋子は、芹奈と顔を見合わせてから頷いた。
「何が丁度良いんだ？」と、首を傾げた。
「相変わらず、タゲは鈍いね。練習に決まってるべ。夏休み中は、日曜と水曜の午前中に、練習することにするべし。みんな、それでいい？」
　芹奈が、皆に視線を送った。
「うん、こっちは賛成」　洋子は、頷いた。
「我もＯＫだ。今日は、芹奈ちゃんからセンタープレイを教わって、すごく勉強になったよ。んだがら、週２回もやってもらえるのは、ありがてぇよ」
　慎一郎も、前向きに賛成した。

　折角の部活の休日にまで、バスケの練習をするとなると、体を休ませる日がなくなり、しんどいと思った。
　しかし、岳実以外の３人は、もやる気満々で、自分だけが反対できる雰囲気ではなかった…
「我も良いよ。頑張って練習して優勝するべし」
「タゲもようやく、やる気になってきたな」
　芹奈が片頬を上げて笑った。
「最初からやる気満々だよ」と、反論した。
「よく言うよ。今日は、ルーズボールは追わねぇし、リバウンドにも飛ばねぇし、わったり手抜いで練習してたべ。なぁ、ヨッコ？」
「んだな。今日は、我慢してだばって、もう少しで後ろから蹴り入れる所だったよ」
　岳実は、その言葉に吃驚(びっくり)した。
「タゲ、今日は蹴られねぇで良がったな。次の練習でも手を抜いでれば、まじで蹴られるよ。それにしても、今日の洋子はおとなしくしてだな？部活の時は、もっと厳しいのに」
　芹奈が意味ありげな笑みをした。　
「今日は初対面だったがら、ちょっと猫かぶってたんだ」
　洋子が、舌をペロリと出した。

　練習中、岳実は、洋子を興味深く見ていたが、それ以上に洋子に観察されていたようだ。
　岳実は、気まずくなって、頭をポリポリと掻いて言った。
「次の練習では手抜がねぇで本気出すよ…」と呟いて、頭をかいた。

　第６章　終了

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