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第４２章 別荘の情事
美絵が両腕を三ツ橋の首に回し、項から耳元に優しく舌を這わせ、耳朶(みみたぶ)をくすぐるように囁いた。
「これで、邪魔者はいなくなったわ」
「竹上に恐喝されるのは、もうウンザリだ。しかし、本当に、これで良いのだろうか、もし殺人がばれたら…」
「あの二人は、殺しのプロよ。きっと巧くやってくれるわよ」
「だと良いんだが…」
「それにしてもあなたもやるわね。あんな知り合いがいたなんてね」
「あぁ、ちょっとコネがあってな…」
三ツ橋は、お茶を濁した。
数分前に、兄から電話があった。
事件を知っている竹上と美絵も消すと言われた。
三ツ橋は、美絵だけは殺さないように何とか助命を懇願したが、兄は許さなかった。
美絵を殺す事だけは何としても避けたかった。
野心が強く、時には恐ろしい程に冷酷だが、別れられない女だった。
煙草や酒は、体に悪いと知っていても止められないのと同じだった。
三ツ橋は、美絵の中毒患者だった。
しかし、考えようによっては、自分の意思で別れられない美絵と手を切る、最後の機会かも知れない。
若しかしたら美絵は、特許料を山分けした後は、もう用なしとばかりに、自分を捨てるかもしれない。
問い質した事はないが、今でも自分以外に肉体関係のある男がいるのだろう。
三ツ橋の耳朶に痛みが走った。
美絵が、歯を立てて齧っていた。
「な、何するんだ」
「どうしたの何か考えごと？」
美絵は、嘗めるような目付きで三ツ橋の瞳を見た。
まるで心の中を覗かれているような気がした。
「先生、よもや私まで裏切ろうなんて考えてないでしょうね？」
美絵は、生温かい吐息を三ツ橋の顔に吹きかけた。
「ま、まさか、私が、そんな事をするわけないだろう？」
三ツ橋は、冷や汗をかいた。
「先生、もし、私が事故にでもあったら大変よ。会社のデスクの棚に、特許に関する資料や新薬のサンプルが入れっぱなしなのさ。
それに、先生との想い出の写真なんかも一緒に保管してるから、会社の人に全部ばれちゃうわ。万が一、そんな事故は起こらないと思うけどね…」
美絵が不遜な笑みを浮かべて、頬に笑窪を作った。
三ツ橋は、今さらながら、この女の狡猾さには敵わないと思った。
やるかやられるかの命の取り合いの時にこそ、本当の頭の良さがでると、数年前に読んだ脳科学の本に書いてあった。
美絵は、ゴキブリ並みに地球最後の日まで生き残るタイプの人間だろう。
「心配しなくても大丈夫。私は、決して君を裏切りはしない。私がどれだけ君を愛しているか知っているだろう」
「それを聞いて安心したわ。したら、先生。あの新薬は何処に置いてあるの。今日、持ってきたんしょ？」
「何故、それを知っているんだ？」
「あら、先生の事なら何でもお見通しよ。私たち、運命共同体しょ？」
美絵は、人指し指で艶かしく三ツ橋の唇をなぞった。
「うふふ、先生、そんなにびっくりした顔しないでよ。普通に考えれば、誰だって分かるっしょや。あんなヤクザ者の男達が、先生の知り合いの訳ないっしょ。もし前から知り合いだったら、他の仕事でも使っていただろうしね。
三ツ橋製薬からの回し者っしょ。そんな危険な人間と一緒に行動を共にする時に、自分の身を守る道具を持ってこないほど、先生は馬鹿じゃないわ」
「ふっ、お前には敵わないな…」
三ツ橋は、新薬を鞄の中から出した。
「半分は私が持っているから、後の残りは先生が持っていて」
美絵が、半分だけカプセルを返した。
美絵は、唇を押し当てて激しく濃密なキスをした。
美絵の舌が三ツ橋の口の中を、愛撫するように蠢(うごめ)いた。
美絵の官能的な舌はやがて、鼻の右横にあるイボを舐めた。
「そのイボを舐めるのはやめてくれないか。俺の一番のコンプレックスなんだ」
「うふふ、可愛い。私は先生のイボ、好きよ」
美絵の舌はイボから首筋へ、そして、胸へと移っていった。
三ツ橋は自分が釈迦の掌を回る孫悟空のように思えた。
私はもう美絵から逃れられない。
精神的にも肉体的にも…自分は彼女の操り人形なのだ。
美絵の唇が胸元から臍(へそ)の下へと蠢いた。
「はい、お遊びはここまで」
美絵は、思わせぶりな笑みを浮かべて、露わになった三ツ橋の陰部を、パチンと叩いた。
「何だよ、ここでおしまいかよ」
「続きはまた後でね。セックスよりも、まず二人で生き残りる方法を考えるのが先よ」
「大丈夫。お前の命は俺が保障する」
「先生、あなたは、どこまでもおめでたい人ね。私が心配しているのは先生の命よ」
「何を言っているんだ、俺が殺される訳ないじゃないか」
「どうしてそう言えるの？特許盗用事件の核心を握っているのは先生なのよ。お兄さんからすれば、最も消す必要のある人間は、先生っしょや」
「まさか、兄が…私を殺すなんて…馬鹿な」
「甘ちゃんね。悠長な事を言ってる場合じゃないっしょや。こういう時は昔から言うっしょや。逃げるが勝ちって。さぁ、一刻も早く着替えて」
美絵は、三ツ橋に向って下着を渡した。
第４２章 終了
→ 第４３章 ： 女の恨み へ
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