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第３９章 多額の報酬
星は大学前のコンビニに駐車して、徒歩でキャンパスに入った。
広大な構内には、緑豊かな木々が茂っていた。
経済学部で、竹上の写真を学生に見せてまわり、聞き込みをした。
必死に聞き込みをしていると、ようやく竹上を知る大学生に会う事が出来た。
元クラスメートだった石田という、メガネを掛けた小柄な男子学生だった。
「竹上が講義に出なくなったのは、大学２年の春ぐらいからだった思います」
「理由は知ってるかい？」
「仲が良かった訳でもないんで、詳しくは分かりませんが、講義に出なくなってからも、ちょくちょく大学には来てましたよ」
「講義に出ないで何をしてたのかな？」
「バイトの斡旋というか、客引きみたいな事をしてましたね。所謂(いわゆる)、投薬バイトってやつですよ。僕も何回か誘われました」
「投薬バイトは、どんな事をするのかな？」
「簡単に言うと、大学病院なんかに、何日か泊り込みで入院して、新しい薬を飲まされて、効果を調査されんですよ。僕は話を聞いただけで、やった事はないですけど、結構、稼いでる奴もいますよ」
「竹上が、講義に出なくなったのは、そのバイトを始めてからじゃないかな？」
「そう言われればそうかも知れないですね。あっ、川口だ」
石田は、向こうから歩いてきた背の高い男子学生をみて、声を上げた。
「川口は、竹上に誘われて何度か投薬バイトに行ってたはずです。おーい、川口」
石田は、ちょうど通りかかった男子学生を呼んだ。
「あなたは、竹上に誘われて投薬バイトに行ったそうですね？」
星が質問した。
「えぇ、行きましたよ。結構、良い金になるんで、何回かやりました」
「どのくらい貰えるんですか？」
「宿泊日数にもよるけど、相場は、１日当たり２万５千円ぐらいですね。例えば、５泊６日だと、１５万貰えます」
「そんなに貰えるの？」
星は驚いた。
「報酬はかなり良いですね。ただし、あくまでも謝礼という形で貰います。バイト代という事にすると、税制上の問題があるみたいですよ。貰う方としては、税金を払う必要もないんで、大助かりですけど」
「長くてどのぐらいの期間やるのかな？」
「最低、数日は拘束されますね。入院している間は、ずっと拘束されます。しかも外部との連絡は一切取れないから、ほぼ１週間、薬を飲んで、飯を食って寝るだけの、恐ろしく暇な生活ですよ。まぁ、人間モルモットみたいなもんですよ。１週間ぐらいなら我慢できますが、それが一生続くとなると、ゾッとしますね」
「どうして、竹上は投薬バイトの斡旋をしてたのかな？」
「斡旋すると、紹介料を貰えるからでしょう。それに、竹上は、自分でも投薬バイトをやって、かなり稼いでいると言ってましたよ」
「それじゃ、彼が大学に来なくなった原因は、投薬バイトかな？」
「そうだと思いますよ。最初は、バイト程度にやっていたみたいですが、その内、色々とコネが出来たみたいで、そっちの仕事にのめり込んで行ったみたいですね。かなり羽振りが良かったですから。それに、彼は裏技を持っていたから、重宝されたらしいですよ」
「裏技っていうと？」
「竹上から一度だけ聞いたことなんですが、薬を飲んだ振りをして取っておくんです。投薬バイトの時は、飲んだか飲まないかを、検査官が、口の中をしっかり見て確認するんで、普通の人間にはそんな芸当は不可能なんですけどね。やつはマジックが特技で、学部の新歓コンパの時も、色んなマジックを披露してましたし、大通公園なんかで大道芸のパフォーマンスもしているって言ってました」
「それで、飲んだ振りをした薬はどうするのかな？」
「他の病院や研究機関に、売り付けるって言ってましたよ。普通、投薬バイトで試される薬は、まだ世間に出回ってないものですからね。売るとかなりの金になると言ってましたよ。酔った時の口振りだと、百万単位の報酬があるような事を言ってましたよ」
「かなりの額だね。そんな大金を簡単に稼げたら、大学の勉強が馬鹿らしくなるのも無理ないな。まさか君もそれに加担したのかい？」
星は、鋭い視線で川口を見た。
「とんでもない。俺は、そんな危ない橋を渡らないですよ」
「それは良かった。それで、君のやった投薬バイトは、どこの病院でやったのかな？」
「色んな所でやりましたよ。ここの大学病院でもやったし、先端医薬研究所でもやったな」
「札幌医薬大でもやりませんでしたか？」
「あそこも数回やりましたよ。強いコネがあるらしくて、彼が斡旋していた中では、一番多かったですね。竹上が言うには、医薬大の学生は金持ちが多いからそういう危険なバイトは人気がないそうです。それに、医薬の知識があるから、尚のことやらないらしいんですよ。
ここは総合大学で全国から集まった貧乏学生がたくさんいますからね。投薬実験の供給先としては、良いカモなんでしょう。かく言う僕も、その中の一人ですけどね」
「投薬バイトをする場合、病院やＮＰＯが公募すのが一般的だ思うんだけど」
「そうですよ。でも、大学の研究者が個人的にやる投薬バイトもあるんです。そっちの方が、謝礼が良いんですよ。その分、危険度は上がりますけどね。同じ時間拘束されてるなら、やっぱり金額が高い方をやりたくなるのが人情ってもんでしょう」
川口は、自嘲気味に笑った。
「なるほど、よく分かったよ。色々、聞かせてくれて、ありがとう」
「したら、俺、行ってもいいですかね？」
「あと一つだけ、この写真の女性を見たことないかな？」
星は、葉山美絵の写真を見せた。
「この人は確か…、投薬バイトの時に、竹上と一緒に居た気がするな。そうだ、確かにいました。竹上に、随分と色っぽい女と知り合いじゃないかって言ったら、投薬バイトの元締めをしているって言ってました。それに、自慢げに何回か、やった事があるって言ってましたよ」
「ありがとう。参考になったよ」
星は、礼を言ってから、経済学部を出た。
キャンパスでは、エルムの木々が緑の葉を風に揺らせていた。
星は、夏の日差しを避けるため、エルムの緑陰に入り、芳恵に携帯電話を掛けた。
「もしもし、星です。こっちは耳寄りの情報を手に入れましたよ」
「何よ、もったいぶらないで早く教えてよ」
「実はですね、竹上が投薬バイトをしている事が判明しました」
「投薬バイトっていうと、治験(ちけん）の事ね」
「治験って言うんですか」
「そうよ、大学の病院なら何処でもやってるわよ。でもそれがどうかしたの？」
「ええ、竹上はどうやら治験の際に、薬を飲んだ振りをして、他の研究機関などに売っていたようです。また、治験に関しては、札幌医薬大とのコネが深いようです。更に、葉山美絵も学生を治験に送り出す元締めをしていました」
「竹上が、その方法で新薬を盗み出したって訳ね」
「それで間違いないでしょう」
「なるほど、その盗み出した新薬の構造を解析して、いち早く特許を出したって訳ね。これで特許訴訟は勝てるわね」
「喜ぶのはまだ早いですよ。証拠が全くありませんからね。裁判で勝つには、しっかりとした物証がなければ勝てません」
「そうね、裏を取らなきゃね」
「所で、そちらの進捗はどうですか？」
「葉山の会社に電話を入れてみたら、今日は出社していないみたい」
「葉山は確か営業ですよね。外回りをして会社の事務所には来てないだけなんじゃないですか？」
「最初は、私もそう思ったんだけど、今日は、週に一度の営業会議がある日だったらしいんだけど、出てないらしいのさ」
「休暇の連絡はあったんですか？」
「今朝、体調不良で数日休むと連絡があったらしいわ」
「数日ですか、何か怪しいですね」
「そうなのさ。なまら怪しいよね」
「と言う事は、葉山の行方は掴めなかったというか…それで、三ツ橋の方はどうなりました？」
「大学の方には顔を出してないみたい。何でも、昨日、娘さんが交通事故に遭ったらしく、それで早退したらしいの」
「昨日か…何だか、タイミングが良過ぎますね。娘の事故は、休むための口実ですかね」
「私もそう思うわ。そこで、三ツ橋准教授の研究室のＯＧのふりをして、自宅に電話をしてみたのさ。奥さんが出たんで、三ツ橋准教授お願いしますっていったら、数日後に迫った国際学会の発表の準備が忙しくて、最近は、大学に泊り込みで頑張ってるんですって、誇らしげに言ってたの。私、奥さんが何だか可哀想に思えてきちゃって…」
「どうして可哀想なんですか？」
「だって、そうっしょや。旦那が不倫しているのに、大学で一生懸命働いていると思って、誇らしげに語ってたのよ。なまら、可哀想っしょや。それに、その学会で発表する内容も、盗用だと知ったら、さぞかしショックでしょうね」
「確かに、そうですね。それで、娘さんが事故というのは確認できたんですか？」
「うん、聞いたわよ。娘さんが交通事故に遭われたそうで大変ですねって言ったら、娘は元気です。人違いじゃないですか？って言ってたさ」
「ということは、彼が昨日、秘密裏に行動していたのは間違いないですね。それ以外には何か掴めました？」
「他にも色々探りを入れようと思ったんだけど、奥さんの方から、去年の夏休みに支笏湖で研究室のメンバーとキャンプした時は、女性はいなかったけど、あなたの名前は何て言うんですか？って聞かれたもんだから、これはまずいと思って、数年前に卒業した葉山美絵ですって嘘言っちゃったのさ」
「葉山の名前をだしたのはまずいんじゃないですか？」
「いいのよ。騙されてる奥さんが可哀想じゃない。それに、鼻の下を伸ばして不倫して旦那を、少しぐらいビビらせた方がいいのよ」
「しかし、芳恵さん、世の中には知らない方が幸せな場合もあるんですよ」
「ふん、それは男の論理でしょ」
芳恵は、悪魔でも奥さんの味方のようだった。
「まぁ、今、その議論をしても埒が明かないので、話を進めましょう」
「あら、恋愛話から逃げるの？」
「別に逃げる訳じゃないですよ。今は、一刻も早く彼らの行方を突き止めて、由美子ちゃんを助け出すのが先決でしょう。恋愛話なら酒でも飲みながら、後でゆっくりしましょう」
「したら、約束ね？」
「いいですよ、事件が解決したら、徹夜の飲みにも付き合いますよ。それよりも、彼らの行方を一刻も早く、突き止めくては」
「そうね。三ツ橋准教授、葉山美絵、竹上登。この３人は、一体。何処にいるのかしら…」
「支笏湖の別荘が怪しいですね」
「したら、そこに由美子ちゃんが監禁されているってことかい？」
「恐らくそうでしょう。だからこそ、早く行かないと、日が沈んでしまいます。そうすると探すのが厄介です」
「支笏湖までどうやっていく？」
「僕の車で行きましょう。芳恵さん、今、何処にいますか？直ぐに、迎えに行きますよ」
「今は、札幌医薬大の駐車場にいるわ」
「分かりました。医薬大前で拾いますから道沿いで待って下さい」
「うん、分かったわ。したら、大学の西口沿いの道で待ってるわ」
芳恵との電話を終えると、星は直ぐに、神成探偵社に連絡を入れて調査状況を報告した。
それから、コンビにに停めてあった車までダッシュで戻り、医薬大へ急いだ。
星は、医薬大の前で芳恵を拾い、渋滞する札幌の中心街を抜けて、支笏湖へ急いだ。
参考地図 ： 札幌から支笏湖までの道程
支笏湖は、札幌の中心地から南へおよそ30kmの場所にある。
カルデラ湖で、周囲を、恵庭岳(えにわだけ)、風不死岳(ふっぷしだけ)、樽前山(たるまえさん)などの山々に囲まれていて、最北の不凍湖としても知られている。
湖畔には丸駒温泉、伊藤温泉、支笏湖温泉などが湧いていて、幾つかのキャンプ場も整備されている。
札幌から車で約１時間の道程だ。
支笏湖と同じ国立公園内にある洞爺湖(とうやこ)は、人擦れした観光地だが、支笏湖は原始の雰囲気を残していて、幽玄で不気味な雰囲気がある。
参考写真 ： 支笏湖
第３９章 終了
→ 第４０章 ： 血塗られた人生 へ
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