朝比奈颯季　ネット小説　神成探偵社の事件簿1～支笏湖に消ゆ～　第３７章　探し物はなんですか？

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　第３７章　探し物は何ですか？
　
　清田家を出た星は、もう一度、事故現場に行ってみた。
　現場の道路脇には、花束が手向(たむ)けられていた。
　傍らには、スイートポテトの箱も置かれていた。
　さっき清田家に行く前に寄った時にはなかった物だ。
　これを供えて行った人物は、由美子の好物がスイートポテトだと知っていたのだろう。
　星は、何かピンと来る物を感じて、近くの公園へと急いだ。
　公園に女性が一人立っていた。
　幸明が写真に撮った女に似ていた。
　星は街路樹の陰に隠れ、女の行動を窺った。

　女は、何かを探していた。
　俯きながら園内の地面をウロウロしていたが、見つからないようだった。
　その内、諦めたのかブランコに座った。
　星は、何気ない素振りで公園に入り女に近付いた。女は、警戒するように星を見て言った。
「あのう、何か御用ですか？」
　女は、物怖じせずにハッキリと言った。
「僕もブランコに乗りたいんで、隣のブランコに乗っても良いですか？」
「えっ、ブランコ？」
　女性は、間の抜けた声を出してから、隣のブランコを一瞥(いちべつ)した。
「別に良いですけど…」
「では、お言葉に甘えて」
　星は、女と並んでブランコに腰掛けた。

「とりゃっ」
　星は、少年のように思いっきりブランコを漕いだ。
　ブランコは、キィキィと音を立て、大きく振れた。
　星は、何度か足を地面に擦ってブランコの勢いを止めて、女を目を見つめた。
「ひき逃げ事故の現場にスイートポテトを供えて行ったのはあなたですね？」
　星は、笑顔で尋ねた。
　女は、キョトンとして何も言わなかった。

「それにして、痛ましい事故が起きたものです。由美子ちゃんに、お供えする気持ちも分かりますよ。あなたの行動はとても立派な事だと思いますよ」
「何も、そんな立派なことじゃないわ。私はただ、自分の好きな物を供えただけ。全然、立派じゃない」
　女は、そう言って、辛そうな表情で顔を逸らした。
「謙遜をしなくても良いですよよ。あなたは、由美子ちゃんが、デパ地下のスイートポテトが好きだってことを知っていたんでしょう。だから、わざわざデパ地下まで買いに行って供えたんです」
　女は、驚いたように目を見開いた。

「あなたは、先ほど、ここで何かを探していましたね？」
　星は、間髪(かんぱつ)を、入れずに尋ねた。
「別に何も探していないわよ」
「それは嘘です。あなたは、昨日の夕方、ここで何かを落としたのです。その時、由美子ちゃんもこの公園にいた。違いますか？」
　女は、恐ろしい者を見るような視線を星に向けた。
　彼女の緩んだ唇が微かに震えていた。

「返事がないのは、僕の推理があっていたということですね」
「な、何よ、あなた。急にそんな、言い掛かりは止めてよ。全く、失礼も甚だしいわ」
　女は、不機嫌な顔でブランコから立ち上がって立ち去ろうとした。
「ちょっと、待ってください。あなたが無くした物は、これじゃありませんか？」
　星は、開花する花弁のように五指を開いて、手の平のイヤリングを見せた。

「あっ、それは…」
　女は、イヤリングに手を伸ばした。
「おっと、残念ながら返す訳にはいきません」
「返してちょうだい。それは、私にとって大事なものなのよ、お願い」
「と言う事は、これがあなたの落し物であることを認めますね？」
「そう…それは私のイヤリングよ」
「では、先ず僕の質問に答えて貰いましょう。そうしたら、お返しします。あなたは、昨日の夕方、ひき逃げ事故を目撃して、警察に通報しましたね？」
「そんな誘導尋問に答える訳にはいかないわ。落し物を、持ち主に返さないのは犯罪しょ。今すぐに返してちょうだい。さもなければ警察に言うわよ」
「良いですよ。直ぐにでも近くの交番に行きましょう。そして、何の理由であなたがここの公園に来て、何故、落し物をしたかを話てもらいましょう。落し物の届出をする時には、書類にその事を明記しなければいけませんからね。僕としても願ったり叶ったりです」

　星は、不敵な笑みを浮かべ、続けて言った。
「拾ってくれた人には、一割の謝礼が払われますよね？その謝礼代わりに、話を聞かせてくれても良いじゃないですか」
「それとこれとは話が別っしょや。謝礼は別で現金で払うわ」
「あなたも頑固な人ですね。しかし、僕は引くわけにはいかないんです。一人の少女の命が掛かっているんです。あたなも、変な強情を張らずに、白状して下さい」
「白状って、私が何をしたって言うの。私は何も悪い事をしないわ。ただ…私はただ…」
　女性は、目を、うるませて反駁(はんばく)した。
「あなたは由美子ちゃんと話をしたかった。あなたが、具体的に何を話そうとしていたのかは分かりません。しかし、由美子ちゃんの出生に関する事だと推測しています」
「なぜ、それを…」
「あなたは、由美子ちゃんが、西嶋真之さんの子供ではないかを調べていましたね？」
「そこまで知っていたなんて…、あたなは一体何者？」
「実は、僕は、こう言う者です」

　　　　　　　　

　女は、星が渡した名刺を見た。
「探偵ですか…」
「清田家の夫婦から、正式に調査依頼を受けました。あなたが西嶋真之さんの恋人である事は、奥さんの方から聞きました」
「私が惚けても、全てお見通しという訳ね」
「そうです。由美子ちゃんは、まだ生きている可能性があります。したから、一刻も早く犯人を突き止めなればいけません。そのためにも、あなたが知っている事を正直に話して欲しいのです」
「分かりました。包み隠さず話しましょう」
　女は、観念したような口調で言った。

「すいませんが、では、最初に、あなたの名前を教えてもらえますか？」
　星は、尋ねた。
「安浦芳恵。札幌医薬大で博士課程をしてるわ。癌抑制のためのＤＮＡ研究をしているわ」
「癌の研究ですか。大したもんですね」
「茶化さないでよ」
「茶化してなんかいませんよ、僕は、迷子になった犬や猫を探すのが仕事ですからね。飼い主さんには喜ばれますが、時々、自分は身を粉にしながら何をしているんだろうって、嫌になる時もありますよ。なので、医薬を研究して病気の人のために一生懸命働いているあなた達のことを純粋に凄いなと思ったんです」
　星は、屈託なく笑った。

　芳恵は、この星という男は、何だか天使と悪魔が同居しているような人だな、と思った。
「あなたがさっき指摘した通り、昨日、私はこの公園で由美子ちゃんが帰って来るのを待っていたわ。したけど、何故か彼女は、いつもの下校時間になっても帰って来なかったの。日も暮れ始めたから、諦めて帰ろうかなと思って公園を出たら、自転車に乗った由美子ちゃんが、こちらに向かってくるのが見えたわ。私が由美子ちゃんを待伏せしたいた理由は、彼女の髪の毛を手に入れるためだったの」
「ＤＮＡ鑑定をするつもりだったんですね？」
「さすが探偵さん、よく知ってるじゃない。私は、遺伝子操作技術を使って癌の新薬の研究をしているの。だから、自分で言うのもなんだけど、遺伝子解析のプロなのさ。研究室に行けば、遺伝子を解析する装置は自由に使えるから、ＤＮＡ解析は朝飯前なのよ」

　星は思った。
　全くもって皮肉な奇遇だ。
　文忠もＤＮＡ鑑定を神成探偵社に依頼していた。
　ただ、実際に鑑定をすのは委託先のＤＮＡ解析会社だ。
　そのため、結果が出るまでには時間が掛かる。
「ＤＮＡ鑑定の結果は出たんですか？」
「結局、髪の毛を手に入れる事は出来なかったわ。適当に嘘を付いて、髪の毛を手に入れようと思っていたんだけど、警戒されて無理だったわ。だから、直接、髪の毛が欲しいって言ったのよ」
「しかし、由美子ちゃんは拒絶した」
「えぇ。したけど、私も必死だったの。彼女の髪の毛に、私の一生が掛かっているわ。彼女が真之さんの娘か否かで、私の人生は、大きく変わってしまうの」
「あなたは、西嶋教授との結婚を真剣に考えているんですね」
「当然でしょ。愛していますから」
「そうですか…」
「したけど、今こうして冷静に振り返ってみれば、かなり乱暴だったと思うわ。無我夢中で、彼女の髪の毛を毟(むし)り取ろうとしたんだもの…。由美子ちゃんには、私が恐ろしい般若に見えたに違いないわ。私の顔は、みったくない程に歪んでいたと思うよ」
　芳恵の瞳に光るものが揺らめいた。

「それで、由美子ちゃんは、あなたを振りほどいて、自転車で逃げたんですね」
「えぇ、そうよ」
　芳恵の瞳から、涙が落ちた。
「しばらくして、彼女が逃げた方向から、車の急ブレーキの音がして、何かにぶつかる音がしたの。私は、走ってその方向へ向かったの」
「そこで、犯人たちを見たんですね？」
「残念ながら犯人は見てないのさ。駆けつけた時には、走り去る自動車の後ろ側が少し見えただけだったわ。交差点には、壊れた自転車が倒れていて、道路には赤い血が広がってたの。それで、匿名で警察に連絡したのよ。彼女を怖がらせてしまったのは私だから、名前を名乗るのが恐かったの。
　もし、由美子ちゃんの髪の毛を取ろうとしなければ、彼女は事故に遭うこともなかったはずだわ。それを考えると、辛くて辛くて…」
「それで、供養代わりに、スイートポテトを供えたんですね？」
　芳恵は、涙を拭きながら頷いた。

「確かに、あなたのした事は許さない事かも知れません。しかし、覆水盆に帰らずです。事故現場を検分した限りでは、事故直後は、出血はあったものの生命の危機というほどの重傷ではなかったと思います。
　しかし、出血が酷い場合は、失血死してしまうかもしれません。それに、頭を打っているとなると、検査を受けて、しっかりした処置を施さないと、助かる命も助かりません。だからこそ、あなたには、事故当時のことを注意深く思い出して証言して欲しいんです」
「分かったわ。あなたの言う通りだわ。私も由美子ちゃんのために、できる限りの事を協力します。いえ、協力させて下さい」
　芳恵は、涙を掃って、星を正面から見据えた。

「では早速ですが、走り去った車はどういう車でしたか？」
「薄暗くてはっきりは見えまなかったけど、セダンタイプの車だと思います」
「色はどんな感じでしたか？」
「黒っぽい感じだったわ。ちょうど街灯が点り始めた頃だったから、それで色は大体見えたの」
「なるほど、黒っぽいセダンですね。他に特徴となるような所はありませんでしたか？」
「特には無かったように思うけど」
「ちなみに、その車が逃げた方向は、ラブホテルに行く方向でしたか？」
「うん、そっちの方向だったわ」
「という事は、やはり、その車はラブホテルへ向かっていた可能性が大きいですね」
「えっ、そうなの？」
「えぇ、道路事情や時間帯、そして、事故後の犯人の行動から考えてそう考えるのが自然です。つまり、犯人は、ラブホテルへ向かっていた男女二人と考えられます」

　星の推理を聞いていて、芳恵の脳裏に一条のひらめきが過ぎった。
　もしや…。
　逃げ去った車が竹上の車に似ていた。
　それに時間帯も、竹上と葉山がラブホテルに行く時間帯だ。
「星さん、これはあくまでも可能性があるっという話なんだけど…」
「何でしょう、何か気付きましたか？」
「若しかしたら、由美子ちゃんをひき逃げした車は、私が知っている人間が運転していたかも知れないわ」
「な、何ですって！」
　星は、余りの驚嘆に大声を上げた。
「実は、昨日、私がここの公園で由美子ちゃんと話をした後に、もう一つ用事があったの」
「それは何ですか？」

　芳恵は、三ツ橋製薬との特許訴訟に絡む一連の話を掻い摘んで星に説明をした。

「つまり、あなたは、その特許盗用に絡んでいる思われる二人が、ラブホテルに入っている間に、車の中に忍び込んで、彼らの極秘資料を手に入れようとしていたんですね」
「えぇ、そうなの」
「あなたも無茶しますね。見つかったら、それこそ警察行きですよ」
「したって、犯罪の被害を受けたのはこっちなんですよ。真之さんも、何度か警察に掛け合ったらしいんだけど、適当な理由を付けて帰されました。犯罪者を糾すべき警察が、何もしてくれないんだから、自分自身で戦わないといけないっしょや」と語気を荒げた。
「まぁ、それは一理ありますね」
　星は、頷いた。

「それでね、その竹上って男の車が、ひき逃げの現場から、走り去った車に似ていたのさ」
「それは非常に有益な情報ですね」
「何とか、由美子ちゃんを救い出してあげて欲しいの」
「分かりました。必ず犯人を突き止めて、由美子ちゃんを助け出しましょう」
「あなたは見かけと違って、結構、頼もしいわね」
「そんなに、僕は頼もしくないように見えますか？」
「したって、服はヨレヨレで髪はボサボサ。最初に見た時は、どこのプー太郎がナンパしに来たんだろうって思ったさ」
「はぁ、そうですか…でも僕はナンパなんてしませんよ」
　星は、ボリボリと癖っ毛の頭を掻いた。

「そのなりじゃ、引っかかる女の子もいないっしょや。そうだ話しは少し変わるけど、あなたを見込んで、私からもあなたに仕事の依頼をしようかしら？」
「何ですか？」
「竹上たちと三ツ橋准教授の関係、それと、三ツ橋製薬の内情を調べて欲しいんだわ。今までは、何とか自分で調べてきたけど、素人には限界があるわ。報酬はきちんと出すからお願い」
「分かりました。しかし、あくまでも第１優先は、由美子ちゃんの事件です。二兎を追う者は一兎も得ずという諺(ことわざ)通りになるのは避けたいので、由美子ちゃんの捜査に関係した調査に限ってならお受けします」
「了解。したら、その条件でお願いするわ。何か進展があったら、連絡してちょうだい」
　芳恵は、名刺を出して、携帯と自宅の電話番号を書いて渡した。

「私はこれで帰るから、後は宜しく頼むわ。したらね」
　芳恵は、星に背を向けて立ち去ろうとした。
　星は、彼女の手を握って引き止めた。
「な、何するのさ」
　言葉とは裏腹に、芳恵の心は高鳴った。
　星が、真剣な表情で見詰めていた。
「さっきも言った通り、由美子ちゃんを救うには時間がないんです。僕は直ぐに調査に行きます。すいませんが、あなたにも協力して貰えませんか。その方が、色々と都合が良いので」
「しょ、しょうがないわね。分かったわ」
　芳恵は強がって見せたが、実はちょっぴり、星を意識してドキドキしていた。

　第３７章　終了

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