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第３４章 小さな依頼人
幸明は、母に頼んで学校を休んだ。
探偵さんから貰った名刺を持って、書かれていた電話番号をダイヤルした。
「もしもし、神成探偵社でございます」
礼儀正しい女性の声だった。
「あのー、星さんいますか？」
「星ですか？ちょっと待って下さいね」
電話の向こうで会話する声が聞こえた。
「星くん、君に電話だけど」
「僕にっすか、何だろう。借金の取立てだったら、適当に口実付けて切って下さいよ」
「男の子みたいよ」
「男の子？若しかしてあの子かな…」
「子供から借金してる訳はないっしょ？」
「あたり前っすよ」
「はい、それじゃ代わって」
「もしもし、星です」
星が電話に出た。
「犬の探偵さん。僕だよ。えーと、清田幸明」
「農試公園で一緒に犬を探してくれた少年だね。覚えているよ。どうしたんだい？」
「あのね、一大事なんだ。お姉ちゃんが、ひき逃げされて行方不明なんだ」
「交通事故か…でもそれは警察がちゃんと犯人を捕まえてくれると思うよ」
「駄目だよ。警察なんて、大馬鹿野郎のこん畜生なんだ」
幸明は声を荒げた。
「凄い剣幕だね。一体、どうしたんだい」
「だって、警察は、お姉ちゃんをひき逃げした犯人がパパだと勘違いして連れて行っちゃったんだ」
「君のパパをかい？」
「うん。そうなんだ。パパは絶対に犯人じゃないよ。事故のあった時間には、僕とママと一緒に家にいたんだもん」
「そうか。それは少しやっかいな話だね。分かったよ。したら、電話でも何だから、これから1時間後に、農試公園で会おう。園内のポプラ並木で待っててくれるかい？」
「うん、分かったよ。したら、ポプラ並木で」
幸明は、電話を切った。
1時間後の約束だったが、幸明は居ても経ってもいられなかった。
一番の大切にしている超合金ロボットをリュックに入れて、マウンテンバイクに乗って農試公園に向かった。
何時もなら、父と姉の３人で公園に向かう道が、今日は一人だった。
「絶対に、犯人を捕まえてやるんだ」
幸明は、意気込んでペダルを漕いだ。
農試公園のポプラ並木は風を受けて、葉をサラサラとふるわせていた。
時間通りに、探偵さんがきた。
「やあ、お待たせ、幸明くん。そうだね。先ずはゆっくり話を聞きたいから、そこのベンチに座ろうか」
２人は、ピンクの花を咲かせているハマナスの生垣の脇にあるベンチに腰を掛けた。
「探偵さん、僕、どうしても真犯人を捕まえたいんだ。お金ないけど、この一番大好きな超合金ロボットをあげるから、僕のお願い聞いて欲しいんだ」
幸明は、リュックの中から取り出した玩具のロボットを星に差し出した。
少年の切実な願いに、星は心を打たれた。
星は、ロボットを受け取って、膝の上に置いた。
「うん、分かったよ。絶対に真犯人を探してみせるよ」
「本当、ありがとう。探偵さん」
「状況を確認したいから、もう一度ゆっくり、話を聞かせてくれないかい？」
「うん、分かったよ」
「お姉さんがひき逃げされて、行方不明になってるって言ってたけど、どうしてひき逃げされたって分かったんだい？」
「事故の現場に、お姉ちゃんのマウンテンバイクが転がってたんだ。道路にもたくさん血が付いてたんだ…」
幸明は現場の様子を思い出すと、つらくなった。
「なるほど、ひき逃げした犯人は、姉さんを車で連れ去ったという事だね」
「うん、そうみたいなんだ。」
「それで、何故、君のパパが連れて行かれてしまったんだい？」
「その日の朝に、お姉ちゃんは家出をしていたんだ」
「どうして、家出なんかしたんだい？」
「朝、忘れ物したって途中で家に引き返したんだ。そしたら、パパとママが喧嘩してたんだ。その喧嘩にお姉ちゃんも巻き込まれて、パパに叩かれたらしいんだ。それで怒って家出しちゃったんだ」
「なるほど、そういうことか」
星は、納得した。
幸明の父の清田文忠は、神成探偵社に妻の浮気調査と、娘のDNA鑑定を依頼していた。
担当者の小太郎さんから聞いた話だと、DNA鑑定は東京の業者に依頼しているから時間がかかるが、和子の尾行調査は報告済みという事だった。
文忠は、その報告を受けて、妻と大喧嘩になったのだろう。
そこに、運悪く、忘れ物を取りに戻った由美子が現れて、自分の出生に関する疑惑を耳にしたのだろう。
「お姉ちゃんがパパに叩かれたのは分かったよ。したけど、それだけで、警察がパパを連れて行くとは思えないな」
「もう一つ理由があるんだ。運悪く、その日に、パパが車で事故っちゃったんだ。お姉ちゃんを探している時に、突然飛び出してきた自転車を避けようとしてハンドルを切ったら、道の脇にある木にぶつかっちゃったって言ってたよ」
「事故った相手は分からないのかい？」
「バイトがあるかって、直ぐいなくなっちゃったらしいんだ」
「その場所は分かるかい？」
「うん、だいたいは分かるよ。パパとママが話していたのを聞いてたんだ。確か、手稲にある北海道工科大の近くで言ってたよ」
「その現場を調査したいから、家に帰ったら、詳しい場所をお母さんに聞いておいてもらえるかな？」
「うん、分かったよ」
「したら、分かったら僕の携帯電話に連絡くれるかな。」
星は、幸明に自分の携帯電話の番号を教えた。
「これで、僕らはホットラインで結ばれたね。何かあったら連絡してくれ」
「うん、分かったよ。探偵さん」
「それと、このロボットだけど、これは、真犯人を捕まえてから貰うから、それまで幸明くんが預かっておいてくれ」
星は、少年に玩具のロボットを返した。
「探偵さん、僕にも何かできることないかな？」
「そうだね。先ずは、ママからパパが事故った場所を聞いてもらうのが一つ。それと、ひき逃げの事故現場の周辺に怪しい人間が来ていないか、時々、見回りしてくれるとありがたいな」
「うん、分かったよ」
「家にデジカメがあるなら、怪しいと思った人を写真にとってもらえるとありがたいな」
「うん、パパのデジカメがあるから、それを使うよ」
「そういえば、今日は平日けど…。幸明くん、学校は行かなくていいの？」
「こんな、家族の一大事に、学校なんて行ってられないっしょや」
幸明は鼻を膨らませて気張った顔をした。
「そうだね。したら、早速、捜査開始だ」
星は、幸明を勇気付けるように手を突き上げた。
第３４章 終了
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