第４２章 小さき心
星を見終わってから、公園のベンチに腰掛けた。
「タケ、昨日、今日と、付き合ってくれて、ありがとうな。助かったよ」
『なんも。俺なんて、大して役に立ってねがったよ』
「そんなことは、ねぇだよ。タケが居てくれたお蔭で、話が巧く運んで、ほんと助かっただ」
『我のせいで、かえって長沼の機嫌悪くした気がするなぁ』
「今日の長沼は、まだ筑紫との事を引き摺ってたみてえで、最初は少し機嫌が悪かったな。でも、タケが一緒に来てくれたから、長沼も気楽に来れたんだと思うよ。お互い、一対一で話しするってのは、お互い変に身構えちまうからさ」
『シュウは、優しいな』
「別に、お世辞で言ってんじゃねぇだよ。二人の和解も、なから上手く行きそうだし。俺一人じゃ、できなかっただよ」
『ありがとう。そう言ってもらえたら、ちょっとでも役に立てだような気になったよ。本当は、昨日、電話で誘われた時、本当は行きたくねがったんだ』
「無理に頼みこんじまって、悪いな」
『いや、良いんだ。あの時は、他人の喧嘩に首突っ込むは馬鹿らしいし、放っておけばいいべって思ってだ。んでも今は、行って良がったど思ってる。一緒に飲んで話してるうちに、皆の本音が聞けて楽しかったよ』
「そうだな。俺も、いろいろ話できて良かったと思ってる。長沼も楽しかったと思うよ」
『んでもな、実は今日、長沼さ本気で腹が立って、途中で帰ろうがなって思ったんだ。あん時は、ほんとに頭さ来たんだ。んでも、黙って帰ればシュウに申し訳ねえなど思って、何とか我慢したんだ』
「タケには、親気ねえ事しちまったな。長沼も少し気難しい所があるからな、筑紫との事で気が立っていたつうのもあるだろうし、まぁ、許してやってくれや」
『シュウは、心が広い男だな。尊敬するよ。それさ比べれば、我の心は、狭いよ。からっきし駄目だ。他人に左右され易いし、自分の思った事もしっかり言えねぇし。つくづく、自分は、小心者だなど思うよ』
「そんな事はねえだよ。タケは、小心者なんかじゃねえだよ。きっと、少し優し過ぎるだけだと思うよ。他人を傷付けまいとし過ぎるんじゃねえのかい？小心
者ってのは、他人が傷つく事を少しも考えないで、自分を守る為だけに、わめき散らす人間の事を云うんだよ。だから、タケは決して、小心者何かじゃねえだ。
そんなに自分を悲観しなくていいだよ。それによ、俺だって、タケが思ってる程、心が広い人間じゃねえだよ。まぁ、体と神経は図太いけんど、そんなに我慢強
い人間じゃねぇしよ。多分、俺なんかよりも、タケの方が、寛容な男だよ」と、朗らかに笑った。
シュウの言葉が、心に沁みた。
優しさが沁みれば沁みるほど、堪えいた感情の箍（たが）が外れ、抱えていた言葉が堰を切って溢れ出てきた。
『昨日、今日と、みんなと話して思ったんだ。みんなは、しっかりした目標を持って生ぎでる。んでも、我は、大した目標もなぐ大学生活を送ってる。何だか、自分だげが置いできぼりにされでる気がして…自分が情けねえ人間に思えで来たんだ』
僕は、瞼をしばたいて、涙を必死に堪えた。
「大学に入ったばっかりだし、そんなに焦る事はねえだよ。人生はこれからだ。きっと、やりたい事なんて、生きていけば生きていくだけ、次から次へと、ワン
サカ、ワンサカと出て来るんじゃねぇのかい。折角、受験勉強を頑張って大学に入ったんだからさ、まずは、自分の好きな事や、興味が湧いた事に、一所懸命に
取り組めばいいと思うよ。そしたら、その先に何か見えて来るんじゃねぇのかな。将来やりたい事がまだ見つかってないっつう事は、考えように寄っちゃ、選択
肢が多い分だけ、将来の可能性も広いとも言える。だから、自分を情けないって思うことなんか、これっぽちもねぇだ」
シュウは、力なく丸めていた僕の背中を軽く叩いた。
「落ち込んでばかりいても何もかわらねぇだ、元気だせや。それに、ほれ、早く食わねえとアイスが溶けっちまってるぞ」
寒いとはいえ、アイスが徐々に溶けていた。
小刻みに震えるアイスの先端から、幾つかの雫が滴り落ちた。
僕は、急いでアイスを口に運んだ。
食べ終えると、残った串ヘラを包装に入れると、
「どう、当たった？」とシュウが聞いた。
始め、彼の言っている意味がよく理解出来なかった。
しかし、自分の串ヘラを指差しているのを見て、言わんとすることが伝わった。
僕は、串ヘラを抜き出して見てみた。
「当たり」という文字が団栗色で刻印されていた。
『あっ、当だってらぁ』と串ヘラを見せた。
「運が良いな。これでもう一本食えるで、羨ましいだに」
『んでも、もうアイスは食いてぐねえな。これあげるよ』
「本当に？でもなぁ。欲しいのは山々だけんど、やっぱり、取っとけや。きっと、それは運が良くなる験（しるし）に違げえねえだよ。それを持っておけば、これからたくさん良い事あるかもよ」
『何も、何も。遠慮すんなって。我は、もうアイスはいらねぇがら、けるって。それに、単なるアイスの当たりだ』
そう、話しつつも、ふと思った。
確かに、今日は付いていると言えば付いている。鳩には、自転車にうんちをひっ掛けられたし、くそ寒い公園で、アイスが当たった。福の神も、皮肉な運を持って来てくれるものだ。どうせ持って来てくれるのなら、もっと役に立つ運を運んできて欲しいものだ。
神様も自分のような役に立たない人間には、相応の役に立たない運しか持って来て呉れないのだろうか…
考えれば、考えるほど、惨めな思いになった。
「まぁ、単なるアイスの当たりって言っちまえばそれまでだけんどさ。でもな、こう云うのはどうだい。アイスの当たりを『愛す』の当たりだと考えれば、凄く
恋愛に効きそうじゃねえかい。考え用に寄っちゃ、恋愛のお守りにもなるだよ。きっと今年は、『愛す』の当たり年になるに違げぇねぇだよ。遠距離しているヨ
ウコちゃんとも上手く行くこと間違いなしだな」
シュウが、幼子のような純真な笑顔を見せた。
『詰まらねぇ冗談だな…』
流すまいと堪えてきた涙が零れ出し、堰を切ったように溢れ出て、頬を伝った。
吐き出せずに溜め込んでいた心の芥が、涙となって流れ落ちた。
シュウが僕の肩を撫でた。
大きな手が優しかった。
僕は、憚（はばらか）らず、彼の胸で泣いた。
人前で泣いたのは、小学生の時に、幼馴染の芹奈の母が、亡くなった時以来だった。
第４２章 終了
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