第３２章 劣等感の芥（あくた）
練習後、露渕に晩飯を誘われた。
僕は、自分の情けないプレイに落ち込んでいたので、一緒に飯など食べに行きたくはなかった。しかし、断るのも悪いかなと思い、付き合いで、食べに行くことにした。
大学の１８条門から、徒歩数分の所にある、お好み焼き屋に入った。
その日は、露渕と僕に加えて、新入部員の武田、逸見、板垣の三人も一緒だった。
僕たちは、鉄板で、お好み焼きを焼きながら、今日の試合に付いて話し合った。
開口一番、気取った顔をして、逸見が言った。
「今日の試合で分かったけどよ、２年目の実力は、思ったより大した事ないな」
すると、武田は、呆れながら、
「そんなにでかい事は言えないだろう。あんな大差で負けたんだからさ。それに、お前、パスミスしまくっていたじゃないか。大口叩かないで、少しは反省した方がいいと思うよ。俺も、お前のプレイをどうこう言える程のプレイはしてないけどさ」
「まぁ、反省も必要だけど、負けたからってさ、しょんぼり落ち込んでいてもしょうがない。駄目だった時こそ開き直って景気良くいかなきゃ。という訳で、俺はモダン焼２人前をガッチリ食うぞ。負けた時こそ、ガッチリ食って、体力付けなきゃな」
『逸見は、元気でいいな。俺なんか最悪だったがならな。格好悪すぎで、食欲も出ねよ』と僕は愚痴った。
「しょんぼりしたければ、沈む所まで沈んでればいいよ。まぁ、今日の倉内は、確かにしょぼかったな。パスミスはするし、最後のおいしいシュートで足は攣るし、いい所なしだったね」
逸見の言葉に、僕はさらに気を落とした。
すると、露渕が、
「逸見は、自分には甘いくせに、他人には結構辛口なんだな。少しくらい慰めてやれよ。お前だって、たくさんパスミスしてたじゃないか」
「ツユに、そう突っ込まれると、流石のおいらも、何も言い返せないな。でも、話は最後まで聞いてくれよ。実はよ、ちゃんと慰めの言葉を最後に取ってたんだからよ」
逸見は、隣に座っていた僕の背中を軽く叩いてから言った。
「おいら達は、受験終わって、バスケ再開してまだ数週間しかたってないんだから、しっかり動けっていう方が無理ってもんさ。昨日今日で、いきなり高校の全
盛時のプレイには戻れないよ。それにパスミスの数でいったら、お前より俺の方が多かったしよ。上手く行かないからって、しょんぼりしていても何の得にもな
らないよ。それに、試合終了間際の倉内のシュートは、かなりおいしかったよ」
『あんなの格好悪りだげだで。もう、恥がしくって、恥がしくって…』と僕は項垂れた。
板垣が、長い顔でしきりに頷きながら、言った。
「確かに、倉内の最後のプレイはおいしかったな。かなり目立ってた。同じ失敗でもあれくらい注目を集めたんだから羨ましいよ。俺なんか中途半端なミスばっかりだったから、全然目立てなかったよ」
逸見が、お好み焼きにソースを塗りながら、答えた。
「板垣は心配しなくても大丈夫だよ。お前は、そのデカさで十分に目立っていたから」
「嬉しいような、悲しいような気分だぜ。子供の頃から、デカイ、デカイって言われ続けて、慣れたけどね。デカイって言われるのは、俺がデカイからしょうがないんだけど、デカイだけって言われると、物凄く腹が立つんだよね」
逸見は、お好み焼きにマヨネーズを塗りながら、
「ここでストレートに言っちゃ、気を悪くするかも知れないけど、今の時点では、バスケしている時の板垣は、ただデカイだけの選手だぜ」
「逸見の突っ込みは厳しいね。確かに逸見の言う通りなんだよ。でもね、俺は絶対に上達して、バスケをしている俺の姿を見た人が、デカイじゃなくて、ウマイって言われるようなバスケットマンになりたいんだ」
露渕が、お好み焼きに海苔を振りかけながら、言った。
「板垣は、初心者にしては上手いと思うよ。線は細いけど、プレイを見てると、結構バスケットセンスがいいから、かなりビッグなセンターになると思うよ。今日の試合でも、もう少しでシュート決めそうだったしね」
「ツユにそう言われると俄然、やる気が出てきたぜ。今日は、一回だけだったけど、相手をかわしてシュートまで行けたんだよね。それが今日のたった一つの収穫かな。でもさ、ツユ。俺はデカイから既にビッグなセンターだと思うんだけど」
「はっはっはっは。ビッグってのは、デカイじゃなくてさ。凄いとか偉大とかって意味のビッグさ」と、露渕は白い歯を輝かせた。
「成る程、そう云う意味ね。それにしても、ツユって物凄く上手いよね。ツユには受験勉強のブランクが全然無いみたい。受験期間中も練習していたの？」
板垣が尋ねた。
「高校の部活を引退してからも、姉貴の入っていた地元のクラブチームの練習に参加してたんだ」
『んだがら、あんたにシュートが、スパスパ決まるんだな』
「シュート練習は、受験期間中も、毎日やってたんだ。朝の始業前、昼休み、放課後を使って、一日、１００本決めるのを日課にしてたんだ。シュートが決まる瞬間ってすごい気持ちいいじゃん。だから、受験勉強のストレス解消にもうってつけだったしね」
それを聞いた武田は、丸いお好み焼きを、４つに切りながら言った。
「俺も、休み時間にバスケやってたよ。遊びで３オン３をしてただけだけどさ。俺の場合は、アウトサイドシュートは苦手だから、専らリバウンドとゴール下
だったけどさ。でも本当は、露渕みたいに、ストイックにシュート練習したいんだけどね。何せ、あんまり入らないもんだから、ストレス解消どころか、余計ス
トレス溜まっちゃうんだよな。だから、ゴール下に零れてきたボールを取って、ごっつぁんシュートでストレス解消」
「武田は、今日の試合でも結構リバウンド取っていたよね。リバウンドだけだと、先輩にも勝ってたんじゃない」と露渕が褒めた。
「自分でもリバウンドだけは通用していると思ったよ。それ以外は、全く通じてなかったけどさ。直さなきゃいけないのが、受験期間中に１０キロ増えた体重だね。直ぐにスタミナが切れて、走れなくなってしまうんだよな」
逸見は、お好み焼きに箸を伸ばし、たっぷり塗り付けられたソース、マヨネーズ、海苔をぐるぐると掻き回した。
そして、箸の先をぺろりと一嘗めしてから言った。
「武田に対抗する訳じゃないけどよ、試合では、おいらのカットインも、そこそこ通じていたと思うんだけどな。ツユ、どう思う」
「逸見のスピードは抜きん出てたんじゃないかな。逸見のいい武器だよ。でも、逸見自身が自分のスピードを制御できてなかったね。だから周りが見えてなくて、今日は、ことごとくパスミスしてたね」
「まぁ、今日、パスミスしてたのは、事実だけど。もう、過ぎたことだから、仕方がない。でもそのうちに、マジック・ジョンソン顔負けのールックパスを決めまくって、俺のショータイムを披露してやるから、みんな楽しみに待っていてくれよ」
逸見は、笑いながら、お好み焼きを頬張り始めた。
「全く能天気で、手前味噌だな、逸見は」と、板垣が言った。
逸見は、それを聞き流して言った。
「うまい。うまいぜ、このお好み焼。今が、丁度良い焼け具合だぜ。みんなも食えよ。油断して残していると俺が食っちまうぞ」
怒涛の勢いでお好み焼きを口に運ぶ逸見の姿を見て、みんな、一斉にお好み焼きを頬張り始めた。
僕は、お好み焼きを食べながら、今日の試合について考えた。
みんなの話を聞くと、何かしら一つは通用したという手応えを持っていた。しかし、僕は通用したと思えるようなプレイは、何一つなかったし、何の武器も無かった。
露渕は、別格としても、他の同期にまで負けているように思えてきて、余計に意気阻喪した。
隣で、美味そうにお好み焼きを頬張る逸見が、疎ましく思えた。
自分に対する慙愧の思いが心に蓋をして、羨望の念が、頭の中をグルグルと巡った。そして、劣等感が、芥となって心の底に沈んだ。
第３２章 終了
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