第３１章 ブザービーター
女子部の練習が終了して、男子部の練習が直ぐ始まった。
体育館に一番乗りで来たにもかかわらず、結局、シュート練習も出来ずに、女バスの練習を見ながら、ストレッチだけしか出来なかたった。
練習は相変わらず激しく、フットワークやスリーメンでは、地獄を見た。
しかし、受験で鈍っていた体も、大分練習に慣れて来たようで、吐気を催す事はなかった。ただし、常に息は上がり、時々、軽い眩暈を覚えた。
土曜日の練習では、体育館を使用できる時間が、平日よりも長く確保できていたので、練習の序盤では、新入部員も全ての練習に参加する事が出来た。
初練習の時と比べれば、かなり体が動くようになっているのを感じた。しかし、先輩達に付いて行くにはまだまだ未熟で、体力的には辛く、息は上がりっぱなしだった。それでも、たくさん練習に参加できる事が楽しくて、声だけは元気に出した。
張り切って、元気を出したのには他にも理由があった。
それは、先に練習を終えた女バスの人達が、コートサイドに屯って、男子部の練習を観ていたからだ。
その中には、トウコさんの姿もあった。
僕は、現状の自分のレベルでは、練習で目立てない、と自覚していた。だから、せめて元気に声だけでも出して、目立ってやろうと思った。
練習が中盤になると、各練習の合間に、コーチが、戦術を事細かに説明したり、選手同士で激しく議論をしていた。
ファイナル４入りを目指している春季大会が、間近に迫っていたので、コーチや先輩達からは、勝利に対する執念が感じられた。
ふと、練習の合間に、コートサイドを見ると、女バスの人達は居なくなっていた。
先輩に聞くと、ウェイトトレーニングをしに行ったとの事だった。
練習の後半に、スタメンとサブメンとの紅白戦が行われた。
新入部員の中で、露渕だけが、サブメンとして紅白戦のメンバーに選ばれた。
試合内容は、圧倒的にスタメンが勝っていた。激しいマンツーマンディフェンスから、相手チームのミスを誘い、速攻で点数を重ねた。 特に目を見張ったの
が、富田キャプテンのディフェンスだった。マークマンに対して、執拗に激しいプレッシャーを掛け続ける彼のディフェスに、凄まじい衝撃を受けた。
もし僕が、紅白戦に出て、キャプテンににマークされたら、十中八九、ボールを奪われてしまうと思った。
サブメンの中では、露渕がアウトサイドシュートを決めて、何とか気を吐いていた。
しかし、スタメンの激しいディフェンスと速攻の前には、焼け石に水だった。
露渕のオフェンスは、先発メンバーにも通用していたが、ことディフェンスに関しては、全く通用していなかった。
それを見て、僕は少し安心した。
紅白戦が終わってから、新入部員がコーチに集めらた。
そして、新入部員と２年目との１０分間の試合を行うと告げられた。
僕は新入部員チームのシューティングガードとして試合に出ることになった。それ以外のスタメンとして、ポイントガードに逸見、フォワードに武田、センターに板垣、そして、露渕も加わった。
露渕も加わったので、上手くいけば、２年目チームに勝てるかも知れないと、淡い期待を抱いた。
露渕には敵わないが、彼の次ぐらいには活躍してやろうという野望を胸に、僕はセンターサークルに向かった。
試合開始早々、露渕が、立て続けにジャンプシュートを２本決め、幸先の良い出だしとなった。
しかし、その後の僕らは、目も当てられぬ有様だった。
ポイントガードの逸見は、鉄砲玉のように動きが速かったが、やたらとＮＢＡのスパースター・マジックジョンソンの真似してノールックパスを連発し、それが、ことごとく敵チームへのパスになった。
フォワードの武田は、中学で柔道をしていたというだけあって肉体は堅強で、身長も１８０㎝近くあったが、脂肪もたくさん身にまとっていた。時々見せる力強いリバウンドには身体能力の高さを感じたが、１００ｋｇ近くある体重のせいで、コートの往来で息を切らしていた。
センターの板垣は、身長１９５㎝の長身だ。しかし、線が細くて当たりに弱く、その上、バスケ初心者だった。ゴール下の彼にパスを入れても、ファンブルを連発した。何とかパスを受け取っても、トラベリングをしていた。
僕ら新入部員チームは、ターンオーバーを連発し、試合開始３分で、２年目チームに一気に１０得点を許した。気が付くと、スコアは、４対１０と、６点差を付けられていた。
僕も、何度もパスミスを繰り返した。
まるで相手チームにボールを献上しているかのような低落だった。しかも、自分のプレイで精一杯で、チームプレイを考える余裕が無かった。そして、開始５分を過ぎたあたりで、交代となった。
僕に代わってコートに入ったのは一条だった。
一条の体格は、僕と似ていて、１７５㎝くらいで中肉だった。
性格はおとなしい感じで、練習でも余り声も出さず静かで影が薄かった。
しかし、いざ試合に出ると、若干のミスはしていたが、零れたボールに対する執念は凄まじく、何度もルーズボールを拾っていた。
技術的には、僕と大差は無かったが、明らかに彼の方がチームに貢献していた。そして、彼に対する見る目も変わった。
その後も、新入部員チームは、失敗を繰り返し、為す術なく２年目チームに痛めつけられた。
当然、点差は離れる一方だった。
残り時間３分になった所で、息が上がり倒れるのではないかと思えるほど消耗していたフォワードの武田に代わり、僕がコートに入った。
相手チーム全員が、露渕を徹底マークしていたので、彼へパスする事が出来なかった。
徹底マークのせいで、彼は欲求不満を募らせていた。
その為、ボールが露渕に回っても、強引なシュートを打ってしまい、確率が悪かった。
彼以外の４人の不甲斐なさの為、露渕は孤立無援だった。しかし、それでも彼は、厳しいマークを振り切り、３ポイントを数回決めた。
相手チームのボールがコート外に出て、アウトオブバウンズになった。
僕は、コートサイドにボールを取りに行った所で、、トウコさんを含めた女バスのメンバー数人が、コートサイドに戻っているのに気がついた。彼女達は、僕達の試合を興味深そうに観ていた。
僕は、スコアボードに目を遣り、残り時間を確認した。３０秒を切っていた。
そして、僕は、この試合で、シュートを１本も打っていない事に気が付いた。
僕は、トウコさんの目の前で、シュート決めて、少しでも格好良い所を見せようと思った。
僕は、ボール出しで、逸見にをパスを出してからから、再び、僕にパスをくれと強く要求した。しかし、ミスを続けてきた僕に、味方が最後の攻撃を託す筈も無く、ボールは露渕に渡された。
２年目チームは、２人が掛かりで露渕を抑えに行った。
ドリブルで抜こうとした露渕に対して、さらに、もう１人加わり３人掛かりで止めに行った。
流石の露渕も３人は交し切れず、フリーの僕の所にパスが回ってきた。
残り５秒。
僕からかリングまではディフェンスが誰も居なかった。一本の花道が敷かれてるようだった。
僕は、千載一遇のチャンスと思い、ゴールに向かってドリブルをし、試合終了直前のブザーと同時にレイアップシュートを決めようと、思いっきりジャンプした。その瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。
僕は、シュートを外して、リング下に倒れこんだ。
体育館が、一時、騒然となった。
しかし、ただ単に足を攣っただけだという事が分かると、笑い声に変わった。
応急処置で、先輩が床に倒れこんでいる僕の足先を押してくれたので、痙攣の痛みは、直ぐに治った。
しかしながら、余りの自分の格好悪さが恥かしかったので、暫らくの間、さもまだ痛みが続いているかのように、苦痛に顔を歪めているふりをして、フクラハギを擦った。
我ながら情けなかった。
格好いい所を見せる所か、赤っ恥をかいてしまった。
結局、１２対２５のダブルスコアの差で大敗を喫した。
しかも、新入部員チームの１２点は、全て露渕が決めた得点だった。
バスケットでは、試合終了のブザーと同時にシュートを決めた人の事を、ブザービーターという。
しかし、僕は、試合終了のブザーと同時に、足を攣って不様に倒れてしまったので、先輩達にブザマーと揶揄された。
簡単なレイアップシュートを決めれいれば、ブザービーターの栄光を手に入れるはずが、ありがたくないアダ名を付けられる事になってしまった。
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