その日の練習後、先輩達が新入生を、晩飯に連れて行ってくれた。
　お店は、北大通沿いにある｢北鯨｣というカレー屋だった。
　メニューに載っているカレーの名前が、とても面白かった。
　全てにクジラやイルカの名前が冠されていた。
　白長須カレー、抹香カレー、鯱カレー、ミンクカレーといったクジラたちが、メニューを賑わしていた。
　新入生は、先輩の奢りで食べる事が出来たが、メニューは選べなかった。
　
　｢北鯨｣に連れて来るのは、毎年恒例の歓迎行事のようだった。
　新入生用は、抹香カレーだった。
　超特盛で、辛さは、激辛だった。
　大皿に山盛りにされたカレーが、所狭しと並べられていった。
　そして、みんなに出揃った所で、キャプテンの富田さんが、立って話をした。
｢新入生の前にあるのは、１．５キロある抹香カレーです。ちょっとゴクイ量なんで、全部食べ切るのは緩くないけど、皆、まだ十代という若さだから、きっと大丈夫しょ。それでは、頂きます｣
　富田さんの掛け声と共に、皆、スプーンを動かし始めた。

　同席した先輩達は、去年は、誰それが食べ切れなかったとか、誰それは速攻で食べて凄かったとかという話をしながら、僕らより一回り小さい皿のミンクカレーを美味しそうに口に運んでいた。
　僕らは、会話する暇もなく、黙々と食べ続けた。
　七割くらい食べた所で満腹になり、腹の皮がははちきれそうだった。
｢腹つえ―｣
　僕が、スプーンを置くと、露渕も真似をして言った。
｢俺も、腹つえーぜ。もう、腹いっぱい｣
　露渕の皿を見ると、抹香カレーを食べきっていた。
　新人の中で完食しているのは彼だけだった。
　他の新人の皿には、抹香カレーが、我が物顔で残っていた。
　僕は、激しい運動の後で、食欲があまりなかった。
　しかし、露渕は、僕の数倍も動き回っていたのに、余裕で１．５キロのカレーを平らげていた。
　僕は、残そうと思っていたが、悔しくなり、最後まで食べ切る事にした。
　バスケで負けて、食べる事でも負けるというのは、自分自身が許せなかった。
　スプーンを持ち直し、必死で残りのカレーを、胃袋に押し込んだ。
　最後の方は、カレーに対して、恨みされ覚えた。
　それでも、なんとか完食した。
　食べ切って感じたのは、達成感ではなく、胃袋の苦みと、込み上げる吐気だった。
　無理やり詰め込んだ反動で、虫唾やゲップが何度も出てた。
　だが、ここで、カレーを吐いたら負けだ。
　露渕への対抗心が、何とか僕を持ちこたえさせた。

　食べ終えて暫らくすると、キャプテンが、新入部員に向かって話し始めた。
｢みんな、抹香カレーを美味しく頂けたかな。最後の方は、何人か、かなりテンパっていたみたいだったけど、今年の一年は、優秀で、全員が完食しました。全員が完食出来たのは、俺ら４年目以来の快挙だね。
　さて、ここ北鯨では、頼んだメニューを完食すると、これから配るカードに、スタンプを押して貰えて、全部のメニューを制覇すると幻のカレーと呼ばれている｢北鯨カレー｣を注文する事ができるんだ。
　大学を卒業するまでには、｢北鯨カレー｣を食べれるように、胃袋もバスケも鍛えてください。これは、冗談ではなく、スポーツをする人間にとって、食べる という事は、非常に大事な事です。優秀なバスケットマンになりたいと思ったら、バスケの練習も大事だけれど、それと同じくらい食べるという事も大事です。
　その内、栄養学についても学ぶ機会を設けますので、積極的に知識を吸収して下さい。まぁ、詳しい話は、また後日するとして、今日はここで終わりにして、スタンプカードを皆に配って解散します。以上｣
　キャプテンの話が終わると、女子マネージャーの夏子さんと小麻子さんが、新入部員にスタンプカードを手渡してくれた。
　スタンプカードを受け取りはしたが、メニューを制覇するという気持ちは、銀河の塵ほども起こらなかった。
　兎にも角にも、早く自分の部屋に帰って、ゴロンっと横になりたかった。

　僕と露渕以外は、みんな自転車で来ていた。
　他のみんなは、さっさと自転車で、街明りの中に消えて行った。
　僕と露渕は、とぼとぼと歩きながら、話をした。
「タケは、自転車持ってないの」
『うん、持ってねぇ。まだ道路さ、雪残ってらのに、もう、みんな自転車乗ってるんだな。危ねぇよな』
「でも、大学では、ほとんどの人が自転車で通学してるみたいだね。札幌は、平坦な街だから、自転車があると、めっちゃ便利だから、タケも早く買うといいよ」
｢んだな。明日にでも、自転車屋さ行ってみるがな。所で、ツユも、自転車持ってねぇの？｣
｢去年の冬に外に出しっぱなしにしてたら、いつの間にやら雪の中に埋もれてしまったんだ。それで、に引っ張り出してみたんだけど、車輪が変形しちゃってたんだ。早く新しい自転車欲しいんだけどね」
『雪でやられちゃったんだな』
「札幌の雪は、半端じゃないから、タケも、今年の冬に、自転車を破壊されないように気を付けた方がいいよ｣
『うん、気をつけるよ。それにしても、もう４月中旬なのに、道端さ、まだ雪あるもんな。札幌って何か日本じゃねぇみたい｣
「俺も、東京から引っ越してきた時に驚いたけど、秋田も雪が多いんじゃないの？｣
『秋田も、多いど思ってらっけばって、札幌に比べれば可愛いもんだな』
「何？今、何て言ったの？ラッキョとバット？」
『あれ。つ、つ、通じねがった？何て喋ればいいんだべなぁ？秋田は、雪が多いと思ってたけど、札幌に比べれば、大した事はないって事』
「あぁ、なるほどね。ラッキョとバットが出てきたから、びっくりしちゃったさ」
『うーん、日本語って難しいな』
「そう？俺は秋田弁の方が、難しいと思うけど」
　僕と露渕は、顔を見合わせて、大声で笑った。

　第２４章　終了

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