午後の講義は、５コマ目に、総合講義があるだけだった。
　子供の頃から星を眺めるのが好きだったので、｢惑星化学入門｣という総合講義を覗いてみることにした。
　講義は、南棟の講堂で行われていた。
　前にも説明したが、教養部には、北棟と南棟がある。
　メインが北棟で、サブが南棟だ。
　南棟は、食堂や売店のある大学生協と北棟との間にあり、北棟とは較べようもないほど小さかった。
　その為、廊下と講義室は一繋がりで、北棟のように迷う事はなかった。

　その日、晴れてはいたが、既に、暮れ始め、外套無しでは肌寒むかった。
　講堂の扉を開けて入ると、満席だった。
　座れない学生は、講義室の壁に沿ってに林立していた。
　夥しい群衆に辟易しながらも、人林の一立ちの木と化して、受講した。

　講義室には、十二分な暖房が効いていて、外気の肌寒さとは裏腹に、熱気が立ち込めていた。
　数百人の学生が鮨詰めになっていた為、時間の経過と共に、人から立ち昇る熱気が充満した。
　立っていた学生達は、着席していた学生よりも、流汗淋漓に看まわれていた。
　時間が経つにつれ、息苦しさに耐えられなくなった学生が、一人、また一人と出ていった。
　僕も何度か、出て行きたい衝動に駆られたが我慢した。
　
　講義自体は、最初の講義という事もあり、概要説明で終わった。
　面白そうではあったが、環境が余りにも劣悪だった。
　満員電車のような環境が、講義を選択する事を躊躇させた。

　講義が終わると、学生達が堰を切ったように溢れ出た。
　他の講義室からも、学生達が出てきたのでに、廊下は、将に、人の濁流となった。
　僕は、外に出ると、歩道を外れて、校舎の外壁に寄り掛かった。
　夕さりて、薄暗くなりはじめていた。
　涼しい夕風が吹いて来た。
　額や項に纏わり付いた汗が、涼やかに浚われた。
　その心地良さに、目を閉じて、ほっと溜息をついた。
　

　人混みが掃けるまで待ってから、体育館に向かった。
　途中で、白樺林の横を通った。
　先日、シュウたちと一緒に見上げた白樺林だった。
　その白き幹の群れは、青が仄かに息づく薄闇の空色を背にして、夕風に梢を泳がせていた。
　足を止め、暮れなずむ風景に心を預けていると、下着の汗が、スーッと涼気に吸われて寒気を覚えた。
　その刹那、僕のくしゃみが、ハクッショーンと白樺林に響いた。
　これ以上、ここに突っ立ていては、、風邪をひいてしまうと思い、一路、体育館に急いだ。

　バスケの練習では、前日と同じように、地獄のフットワークが始まった。
　先輩達の動きに付いて行こうと、我武者らに頑張ったが、筋肉痛の体は言う事を聞いてくれずに、気持ちだけが空回りした。
　フットワークの途中で、息は切れ、体が重くなり、意識が薄れた。
　昨日同様、何名かが、トイレに消えて行った。
　僕は、何とか、トイレ直行便とならずに、フットワークの最後のメニューまでこなす事ができた。
　そして、次のスリーメンの練習に加わる事が出来た。

　スリーメンというのは、文字通り、三人の人間で行う練習方法で、コートの端から端までを、パス＆ランで進み、レイアップシュートをして、それを繰り返す練習である。
　バスケの練習では、基本中の基本の練習で、少しでもバスケ部をかじった事がある人なら、知っている。

　その日の僕は、走れども脚はもつれ、パスをしても外し、レイアップシュートをしても決まらなかった。
　まるで初心者のような低落だった。
　自分の体力と実力のなさを、否応なく、認識させられた。
　新入生が参加できる練習は、人数の関係から、スリーメンまでだった。
　その後の練習は、先輩達だけで行われていたが、露渕だけは、一緒に練習していた。
　５対５の紅白戦でも、彼のプレーは、輝いていた。
　僕が、特に眼を奪われたのが、ジャンプシュートだった。
　柔らかいボールタッチから放たれたボールは、美しい放物線を描き、心地良い音と共に、ネットを通り過ぎた。
　その瞬間、観る人は、歓声を挙げた。
　僕が理想とするシュートを、彼は会得していた。
　憧憬や羨望の後に、嫉妬心が頭を擡げて来た。
　彼の姿を追う事を、頭の中では止めようとしたが、結局、僕の視線は彼の姿を追っていた。

　　第２３章　終了

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