第７章 幸隆の知略 VS 義清の武勇
眞田は、境内を歩きながら、話をした。「真田幸隆は、力でごり押しする猛将ではなく、調略によって、敵を切り崩すのを得意としていた。つまり、忍者のようなスパイを使って、敵に様々な誘いをかけて仲間割れを起こさせるだな。あんたは、武田信玄が大敗した、砥石城の戦いは知っているか？」
「はい、知っていますよ。武田信玄 対 村上義清の戦いですよね。信玄は上田にある砥石城を攻めたが、義清が良く守り、落とせなかった。武田軍が引き上げる際に、義清は追撃を行い、武田軍は大ダメージを受けて、信玄は命からがら甲斐に帰り着いた。いわゆる、”砥石崩れ”というやつですね」
「その通り。実は、武田信玄は、砥石崩れの２年ぐらい前にも、上田原の戦いで村上義清に敗れている。その時の戦死者の墓は、今でも上田原に散在しているだ。知ってるだか？」
「信玄の軍師である山本勘助を主人公にしたテレビドラマが、数年前に放映された時、史跡案内で、武将の墓が紹介されて、急に観光客が増えたのを覚えていますよ」
元気は苦笑いして、頷いた。
「うむ。その上田原の激戦においても義清は信玄を破っている。つまり、戦国最強とも言われた武田軍を二度も打ち負かしている。歴史的には、義清は、もっと評価されてしかるべきだと私は思うんだがなぁ。どうだ、海野くんも、義清は凄いと思うだろう？」
眞田は、子供のように目を輝かせた。
「そうですね…。まぁ、凄いですかね…」と適当に相槌を打った。
「砥石崩れから一年ほど経ったある日、武田軍の家臣として働いていた幸隆は、調略を駆使しして、砥石城を事も無げに乗っ取ってしまう」
「さすが、幸村の祖父ですね」
「それは、逆じゃろ」
「逆と言うと？」
「”さすが”が、掛かるのは幸村ではなく、幸隆ということだ。幸隆の孫だからこそ、幸村も凄かったんだ。更に言ううならば、”すごい”武将である義清に勝ったからこそ、幸隆も”さすが”という事だな」
眞田は、誇らしげに胸を張った。
「はぁ…」
元気は、冴えない相槌を打ちつつ、どうしてこんなに村上義清の肩を持つんだろうと不思議に思った。
「さっきは、事も無げに砥石城を奪ったと言ったが、幸隆にしてみれば、義清は不倶戴天の敵だからのう。砥石城を奪う為に、考えに考え抜いて、命を掛けて調略したんだろうな」
「それはどういうことですか？」
「お前さんは、海野という苗字を先祖からもらっているのに、そんな事も知らねぇのか」と厳しい表情を見せた。
「はぁ…、すいません」とボリボリと頭を掻いた。
「真田一族のツールは、、海野一族にあるだよ。諸説あって正確な系図は分かっていないが、幸隆は、海野一族の当主だった海野棟綱（うんの むねつな）の息子といわれている。棟綱の長男であった幸義は海野宗家を継ぎ、次男の幸隆は婿養子となり真田家を継ぎ、三男の頼綱も婿養子となり矢沢家を継いだ。海野一族は、古くから上田地方の豪族であった滋野一族の宗家という立場で、まぁ、いわゆる名門の一族だったということだな」
「へぇ、そうか…海野一族は名門で、真田の本家筋だったんだ」
元気は、何だか自分が褒めらたようで嬉しかった。
「しかし、海野一族は、室町時代に入ると、坂城一帯を本拠地とする村上氏に徐々に圧迫され勢力を弱めていってしまう。そして、戦国時代に入り、海野平の合戦が勃発する。武田軍、村上軍、諏訪軍の連合軍が、小県を挟み撃ちする形で侵攻してきた。この戦いで、海野一族は、壊滅的な敗北を喫し、散りぢりになった。当主の棟綱や幸隆は逃亡。嫡男の幸義は戦死。矢沢氏など一族は、許しを請うて、村上氏の家臣になった。この海野平の戦いで、海野一族は滅亡し、代わりに上田一帯を支配したのが、村上義清だ」
「なるほど、幸隆にしてみれば、兄を殺し、自分のふるさとを奪い、一族を壊滅させた相手が義清だったんですね」
「そうだ、不倶戴天の敵と言った意味が分かっただか？」
「はい。分かりましたよ。海野一族についても、いい勉強になりました」
「幸隆は砥石城を奪った後、ふるさとの真田の地に幾つかの城を築いた。さらに、村上氏の武将に執拗に調略を続け、その多くを武田方に寝返らせたり、降伏させたりした。味方がいなくなり裸同然となった義清は、武田軍に追い詰められ、ついに、本拠地である坂城の地を捨てて、越後の上杉謙信を頼って逃亡した。二度も信玄を破り、戦国武将の雄として活躍した村上義清だったが、その後はプライドを捨てて、上杉謙信の家臣として生きることになっただよ」と物悲しい視線を上に向けた。
「さすがは、幸隆。あっぱれですね。智謀の限りを尽くして、不倶戴天の敵を破り、ついに、ふるさとの地を取り戻した。いやぁ、感動だなぁ」
元気は、何だか胸が透く想いだった。
「所で、真田一族が、海野一族から出たんであれば、若しかしたら、遠い祖先を辿ると、僕と眞田さんは血の繋がりがあるかもしれませんね？」
元気は、半分冗談のつもりで言って、と笑いかけた。
「いや、その可能性は少ないだろう」と素っ気なく言った。
何だよ自分から真田と海野は同族だという話を振っておいて、そのつれない態度は…
「どうしてですか？同族っていうなら、可能性はあるんじゃないですか？」と少々、むきになって言った。
「オレは、眞田という苗字だが、婿養子だでな」
「あっ、そう言う事ですか。ちなみに、出身はどこなんですか？」
「出身は、戸倉上山田だ。ちなみに、眞田の苗字に変わる前は村上だっただよ」
「なるほど…」
元気は、眞田が妙に村上義清の肩を持っていた事に納得した。
「幸隆を含めて真田一族も好きだが、どうしても、郷土の英雄と比べると、義清を贔屓しちまうだよ」と苦笑いした。
「その気持ちは分かる気がします。僕も真田は大好きですが、さっきの話を聞いて、やっぱり海野一族の方に近親感を持ちましたからね」
元気と眞田は、顔を見合わせて、照れ笑いをした。
「そうだ、村上義清に話がそれちまって、忘れる所だった。実は、ここの神社には幸隆ゆかりの物があるから、それを特別に見せてやるだ。ちっと、ここで待ってろや。神主には話はしてあるから、蔵の鍵を借りてくるでな」
眞田は社務所に歩いて行き、ガラガラと音を立てて扉を開けて、中に入った。
扉の音に驚いたのか、屋根に止まっていたオナガ鳥が、グワーグワーと濁声で鳴きながら、長い尾を見せながら、杉木立の方へ飛んでいった。
第７章 終了
→ 第８章 真田幸村の不死伝説 へ
→ このページのトップへ戻る
→ 前の章にもどる
|
= 関連リンク =
★真田幸隆、村上義清、山本勘助、を応援しています
|