第６章 ヤマトタケルと真田一族
「急に近くで、大声出さないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
元気は、立ち上がりながら文句を言った。
「すまん、すまん。そんなに驚いてくれるとは思わなかったで」
眞田は、いたずらっ子のように笑い、皓歯を見せた。
「それで何ですか、”この海も野となれ”ってのは？」
「ヤマトタケルが、上田から諏訪に向う途中、現在の東御市の海野（ウンノ）付近に立ち寄ったという伝説があるだよ。その頃、まぁ大雑把にいうと２千年ぐらい前は、千曲川が湖になっていたそうだ。ヤマトタケルがその湖を見て、海難で亡くしたオトタチバナの姫を思い出して、”この海も野となれ！”と叫んだそうだ。それから時を経て、湖があった場所が野となり、海野という地名になったという訳だ。そして、そこから発祥した豪族が海野一族で、あんたの苗字に繋がっているっつう訳だ」
「昔話で、大昔は、海野平の低地は、湖だったという話のは聞いた事があります。でも、ヤマトタケルが”この海も野となれ！”って言ったというのは、後付けじゃないですか？」
「ほう、なぜ、そう思うだ？」と腕を組んだ。
「だって、オトタチバナは、東京湾を渡る際に、嵐に遭って亡くなったんですよね？」
「そうだ」と頷いた。
「普通、海で亡くなった人を、湖を見て思い出しますかね？まぁ、百歩譲って、カスピ海とか黒海ぐらい広い海ならいざ知らず、ここ上田の盆地ぐらいの大きさなら、たかが知れてますよ。さらに、千歩譲って、湖を見て姫を偲んだとしましょう。だとしても、小さな湖に向って、野となれって叫びますか？八つ当たりも良い所ですよね。姫が死んだのが海ではなく、その湖ならまだ理解できますが…」
「うむう、その通りだな。実は、オレも、この話は、何だか釈然としていなかったんだ」
眞田は、腕組みをしたまま、頷いた。
「それでも、まだ、僕がヤマトタケルの影響を受けていると言いますか？」
元気は、勝ち誇ったように問いかけた。
「まぁ、海野の由来に冠しては、可能性が薄いかもしれねぇが、他にも影響を受けている事はあると思うだよ」と頑固に譲らなかった。
「例えば、どんな事ですか？」
「そうだな。あんたは、上田生まれって言っていたけんど、先祖は、さっき言っていた海野の出かい？」
「さぁ、どうでしょうかね。実家は、上田市の鍛治町です。代々そこで金物商を営んでいたそうです。親戚でも鍛冶屋が多かったそうです。ただ、親父は、家業を継がずに、勤め人になりました。それに、僕も次男なんで、家を出てました」
「ほほう、鍛治町か。真田幸村の父である昌幸が、上田城を築城する際に、海野の庄から多くの町人や鍛冶職人などを呼び寄せて城下町を作ったそうだ。そうすると、あんたの先祖も、その時に来たんだろうな。それにしても、先祖が、鍛冶をしていたとは…やっぱり、あんたはヤマトタケルの影響を受けているだな」と不敵な微笑みをした。
「鍛冶とヤマトタケルですか…。実は、そろそろ、真田一族の話を聞きたいんですが…」
元気は、遠慮がちに言った。
「まぁ、そう、焦るなって。ヤマトタケルの伝説は、真田一族の伝説と深い関係があるだて」
「えっ、真田と関係があるんですか」
元気は、思わず驚き、大きな声を挙げた。
境内の林にいた数羽のオナガ鳥が、大声に驚いたのか、ゲーゲーと声を挙げて、飛び去って行った。
眞田は、拝殿の階段を下りて、靴を履きながら言った。
「面白い事に、ヤマトタケルの伝説がある山には、修験道と深いつながりがある。アズマヤサン（四阿山）もまた、しかりだ」
「それはつまり、修験道と真田一族にも深い関わりがあるから、ヤマトタケルと真田一族には深いつながりがあるという事を言いたいんですね。確かに、面白いつながりですね」と元気は頷いた。
「その通りだ。では聞くが、ヤマトタケルと修験道を結ぶ”もの”は何だと思う？」
「その”もの”とは、おそらく、鉄などの金属だと思います。修験道の山岳ネットワークは、金商人や山師を始めとした鉄の民と深いつながりがありましたらね」
「おお、正解だ。さすが、フリーライターを自称するだけはあるな。実は、秩父を始めとしたヤマトタケルの伝説の地には、鉱物、特に鉄の産地が多い。さらに、ヤマトタケルに縁のある神社の近くには、タタラ跡、つまり古代の製鉄所の跡が、たくさんあるだ。実は、ヤマトタケルの東征というのは、鉄を得る為の戦いだっただよ」
「なるほど、今で言う所の、資源戦争ですね」
「そうだ。そして、ヤマトタケルがもたらした鉄の民は、山岳ネットワークを介して修験道とつながり、時代を経て、結びつきを強くしていったという事だ。ついでに、もう一つ聞くが、鉱物以外に、修験道と真田一族を結ぶ”もの”は何だと思う？」
「うーん。そうですね、人材ですかね。剣や鉄砲などの武器を作るためには、山師や鍛冶職人を始めとした匠たちが必要です。そして、他国の情報を得たりするには、スパイのような特殊能力を持つ忍者たちが必要です。そのような人材は、真田一族を始めとした戦国武将であれば、喉から手が出るほど欲しい”もの”です」
「そうじゃ、正解だ。真田一族は、それに気付き、最大限に利用した。そして、この地の小豪族から、戦国武将として伸し上がっただよ。その初代が、真田幸隆なんじゃ」
眞田は、したり顔を見せた。
「つまり、幸村のじいさんですね。ふむふむ」
元気は、ようやく本題に入ってきたぞ、と期待して、相槌を打った。
第６章 終了
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