小麻子さんは、僕の横から藤子さんの横に移動して、ヒソヒソ話を始めた。どうやら、恋の指南を受けているようだった。
　しばらくすると、板垣と逸見の一年目凸凹コンビが、テーブルに乱入してきた。
「どーも。次代の天才センター、板垣です」
「世紀のスーパーガードとなる予定の逸見っす。トウコ先輩、俺らとも、一緒に飲んで下さいよ」
「うるさいわね。一年坊、今、大事な話をしてるから、あっち行ってなさい。しっ、しっ」
　小麻子さんが、手で追い払うような仕草をした。
「そんな事、言わないで一緒に飲んで下さいよ。俺たち、トウコさんと、えーと、あと小麻子さんとも一緒に飲みたいんっすよ」と、逸見が食い下がった。
「ちょっと、逸見。何よその、私が刺身のツマみたいな、その言い方は？」
「いえいえ。そんな事はないっすよ。こら、板垣、駄目だろう、そんな言い方しちゃ」
　逸見は、板垣のせいにして、彼の背中を勢い良くバシンと叩いた。
「小麻子さんが、刺身のツマだなんて、とんでもない。小麻子さんこそ刺身ですよ。しかも、マグロ。最高級の本マグロっすよ」と板垣が、弁解した。
「馬鹿、板垣。小麻子さんが、マグロだなんて、何て失礼な事を言うんだ。そんな風に言ったら、まるで小麻子さんが、ベッドの上でもマグロみたいに聞こえるじゃないか」
　逸見が、板垣の頭を小突いた。
　僕は思わず、噴き出しそうになったが、必死に堪えた。
「すいません。じゃ、トロです。脂身の乗った美味しいトロです。個人的には、大トロより中トロの方が好きなんで、小麻子さんは、味が抜群の中トロでございます」
「本当に馬鹿だな、お前は。大トロも中トロもマグロだろう」と逸見が突っ込んだ。
「あれっ、そうか。じゃあ、マグロでは、まずいですね。じゃあ、小麻子さんはですね。うーん、そうだな、ブリですかね。しかも、日本海の天然のブリ。こりゃ、本気で美味いですよ。小麻子さんのように、程よく脂の載ったナイスバディーな魚でございますよ」
「板垣、良い所もってきたね。小麻子さんは、将に船盛の主役を張れる、天然ブリっすよ。あと、当然、トウコさんも、高級な刺身っすよ。ほらっ、板垣、トウコさんは魚に喩えると何だ？」
「バスケ巧いし、スタイルも良い。それに、顔も可愛いと来れば、もう言うことなしですよ」
「だから、何って聞いているの」
「イッツ、お前、馬鹿だなぁ。最高級って言ったら決まってるだろう」
「何だよ？」
「タイだよ、タイ。タイに決まっているだろう」
「そうだな、タイだよな。縁起物だしな」
「そう、タイは縁起が良いんですよ。タイだけに、めでたい。それに、トウコさんは、バスケも上手たい。スタイル抜群たい。顔も可愛いたい。と三拍子そろって最高たい」
「板垣、何でお前、いつの間に博多弁になってんの？」
「ふっふっふ、何を隠そう、俺の母ちゃんは、博多っ娘です」
「あぁ、そうかい。でも別にお前の母ちゃんの事は聞いてないんだよ」
「俺がデカイのも母ちゃん似です。俺の父ちゃんよりもデカイです」
「だから、お前の母ちゃんの話は、もういいんだよ。と、少し話しが逸れましたが。つまりは、お二人が、立派な刺身であることに間違いはございません。所で、刺身のツマは誰になるんだ？」
「刺身のツマは、タケかなぁ。色白でヒョロヒョロしてて、地味だからなぁ。うん、という事で、タケで決まりですね」
「さて、ツマはタケに決まりました。それじゃ、僕が山葵（ワサビ）になるから、板垣は醤油になってもらおうかな」
「イッツ、それはグッドアイデアだ。それでは、ツマであるタケは放って置いてですね。美味しいお刺身であるお二人に、山葵と醤油を付けて食べて貰いましょう」

　僕は、凸凹コンビのやり取りを、胸のすく思いで聞いていた。
　藤子さんも、腹を抱えて笑っていたが、その傍らで、小麻子さんが、眉間に皺を寄せて睨みつけていた。何だか、物凄く嫌な予感がした。
「トウコさんって本当に、バスケ上手いっすよね。俺、トウコさんのプレイを観て、正直言って感動しました。俺、トウコ先輩ファンっす。握手して下さい」
　凸凹コンビは、チャッカリと握手をした。
　二人は、さすがに小麻子さんをほったらかしにしたらまずいと思ったのか、小麻子さんにも話し掛けた。
「小麻子さんは、もう、俺ら一年目のアイドルっすよ。なぁ、板垣、そうだよなぁ」
「そうですよ。自称、秋田美人を名乗っているだけあって、すごいですよ」
「そう、何と言ったって、色白で肌が美しい。バスケ部の女性の中で、ナンバーワンは間違いない。なぁ、板垣」
「そうですよ。ナンバーワンですよ。ダイナマイトバデェの巨乳はバスケ部一番ですよ。いよー、日本一」
　小麻子さんの形相が、いよいよ般若のようになってきた。　その表情を見て青ざめた。
　二人は、まだ、小麻子さんの恐ろしさを知らない。古代ギリシャの哲学者が、無知は罪と語ったが、二人はこれから、それを身を持って味わうことになるだろう。

　凸凹コンビが、小麻子さんに握手を求めて、手を差し出した。しかし、思いっきり引っ叩かれた。
　きょとんとしている二人に向かって、小麻子さんが言い放った。
「おい、逸見、板垣。いい加減にせぇよ。人が黙って聞いてれば、好き放題言いあがって。先ずは、てめぇら、そこに正座しろ」
　小麻子さんは、数本のビール瓶を掻き集めて、矢継ぎ早に３本の蓋を開けた。
　何故、２本ではなく３本なのか…嫌な予感がしたので小麻子さんに聞いた。
『あのー、小麻子さん、何で三本なんだすか？』
「お前も飲むんだよ」
『えぇ～、我は何も喋ってねぇすよ』
「しゃしねぇ、連帯責任だ」
『マジだすか…』
「当たり前だ。この、ドスケベの新人どもが。よくも、私の事をマグロ呼ばわりしてくれたなぁ」
　小麻子さんの目は、完全に血走っていた。
「マグロじゃなくって、ブリです。それも天然の」と板垣が苦しい口答えをすると、
「しゃしねぇ、黙れ、この腐れ新人が。ブリでもマグロでも同じだ。今年の１年目は、礼儀がクソもなってねぇな。全く、揃いも揃って、ろくなもんじゃねぇ。 そんなにマグロが好きなら、お前らを畳の上に、マグロみたいに潰して並べてやるから、覚悟しろよ。腐った根性、鍛え直してやる。先ずは、一人ずつ瓶をやる から、３人の中でビリは、もう１瓶、追加だからな。それと、絶対に酒を溢すなよ。酒の一滴は、血の一滴だがらな。溢したら、這いつくばってでも啜（すす） らせるからな」と、ビール瓶を手に、凄んだ。

　小麻子さんの掛け声に合わせて、３人が、飲み始めた。
　グラスで飲む時と違って、瓶口を口で咥えていたので、上手くビールが口に落ちてこない。それでも、早飲みで負ける訳にはいかないというプライドで、必死 になって飲み続けた。ビールを飲み込む合間合間に、鼻で息継ぎをしながら、何とか一番で飲み終えた。それに遅れること数十秒で、板垣が飲み終えた。最後に 残った逸見は、何度も息継ぎをして、苦悶の表情で飲んでいた。
　遅れること数分で、逸見が飲み終えた。彼は、直ぐに板垣と一緒に、トイレに駆け込んだ。

　それから、数分経っても、戻ってこなかった。
「逸見と板垣の野郎め、逃げやがったな。もし、戻って来なかったら、変わりに、お前に飲んでもらうからな」
　小麻子さんが、残ったビール瓶を指差した。
『えぇ、マジだすか？もう無理だす…』と言って、僕はその場に倒れこんだ。意識が朦朧とするなかで、地面がグルグル回っているようだった。何だか、地球の自転を感じているような感覚だった。僕は、そのまま、そのまま潰れてしまった。

第６０章　終了


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