「いやー、暑い暑い。私も結構飲んじゃったな」
　小麻子さんは、パステルピーチ色の長袖シャツを脱いだ。シャツの下には、淡いクリーム色色のキャミソールを着ていた。露わになった首筋や胸元は、絹のような白肌で、仄かに酔いで赤らんでいた。彼女は、胸元のキャミソールを指で詰まんで、手団扇で風を送っていた。
　僕の視線は、豊な二つの乳房とその谷間に、釘付けとなった。
「所でさ、タケミくんは、彼女いるの？」
「トウコ、こんた童（わらし）みてぇな顔した男さ、彼女なんているわけねぇべ」
　小麻子さんが、見下したような顔で言った。
　小馬鹿にされて少し腹が立ったが、憧れの藤子さんを前に、彼女がいると素直に言えなかったので、適当にお茶を濁した。
「ははーん、その自信の無さ。さては、タケゾウ、お前、童貞だな？答えなさいチェリーボーイ」
　小麻子さんは、見下した目をして、露骨な質問をした。
　その無礼さに、さすがに頭に来た。
　僕は、飲まされるのを覚悟で、強い口調で言い返した。
『彼女はいますよ。んでも、チェリーかどうかは答えません』
「何よー、生意気な口利いて。いっちょ前な振りしちゃってさ」
　小麻子さんが、口惜しそうに言った。
「ふーん、彼女、いるんだ。それは、ちょっと残念だなぁ」
　藤子さんは、口をつんとさせて、僕を見つめた。
　彼女と目が合った瞬間、僕の心臓はドギマギして、顔がポーっと熱くなった。
「なーに、面赤くしてるんだ。ビール飲んでも赤くならねぇくせに、このチェリーめ。ははーん、分かったぞ。あんた、さては、トウコさ気があるな？」と小麻子さんが、僕の脇腹を肘で小突いた。
　僕は、残っていたビールを、恥じらいと共に一気に飲み込んだ。
　そして、酔った勢いに任せて、想いを正直に言った。
『んだす、気があるっすよ。トウコさんは、我の憧れっす。こんたに綺麗で、あんたにバスケが巧い人は、初めて見たっす』
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
『お世辞でねっすよ。藤子さんは、僕ら１年目のアイドルっすよ。今日は、藤子さんと一緒に飲めて、本当に嬉しいっす』
「あら、可愛いこと言ってくれっちゃって。私もタケミくんと一緒に飲めて、嬉しいよ。じゃあ、ご褒美に、はい、どうぞ」と、ビールを注いでくれた。
　僕は、嬉しくて嬉しくて、注がれたビールを、一気に飲み干した。
「ちょっと、チェリー。あんた、調子に乗り過ぎ。それに、私が注いでいる時は、嫌そうな顔してたくせに、トウコの時は、デレっとした面してるってどういう事さ？」と、ビールを僕に向けた。
　僕は心とは裏腹に、両手でグラスを持って、さも、ありがたそうに言った。
『そんた事はねぇっすよ。小麻子さんに、注いでもらえて、わったり光栄だすよ。もう、最高に光栄だす』
「またー、何が光栄よ。もう、見え見えのお世辞ですって、お前の面さ書いであるよ。この下っ腹こきが」とは言いながらも、ちょっぴり嬉しそうに、ビールを注いだ。

　小麻子さんにビールを注いでもらっている時、彼女の胸元が目の前にあり、その膨らみに思わず目が行ってしまった。その度に、助平な視線を悟られまいと、グラスのビールに視線を戻すのだが、視線が乳房の谷間に吸い込まれてしまった。　
　藤子さんに注がれた時と同じように、一気に飲まなければ、僕はただの胡麻擦り野郎だ。そんな空気の中、『頂きまーす』と叫んでから、ビールを飲んだ。
　飲み終えてから、グハーっと大きく息を吐き、ジョッキを頭上に高く翳した。
「あんたは、バスケやってる時は、全然駄目だけど、一気飲みしてる時は、格好良いね」
　小麻子さんが、無遠慮な言葉を浴びせてきた。
　この人は、何で素直に褒めてくれないのだろうと訝（いぶか）りながらも、ありがたそうな顔をして聞き流した
。

「所で、彼女とは、高校の時から付き合ってるの？」と藤子さんが聞きながらビール瓶を僕に向けた。
『んだす。高２の夏から付き合い始めました』
「へぇ、高２の夏からか。じゃあ、付き合ってから、もう２年ぐらい経ってるんだね。結構、長いね」
『んだすなぁ。お盆だったがら、２年ぐらいだすな』
「何でまたお盆だったの？」
『イベントで、スリー・オン・スリーの大会があって、一緒のチームで出場したんだすよ』
「じゃぁ、彼女もバスケやってるんだね」
『んだす。女子高のバスケ部だったんだすよ。藤子さんよりは、巧くはねぇすばって。んでも、キャプテンを務めて、全県大会では、いい所までいったんだすよ』
「てことは、、タケミくんとは、違う高校だったんだね？」
『んだす。スリー・オン・スリーの大会に出ることになったのは、幼馴染に誘われたからなんだすよ。その幼馴染が、彼女と同じ高校のバスケ部で、スリー・オン・スリーの大会に一緒に出ることになったんだす』
「ふーん、それで仲良くなっちゃたんだね」
『んだす。何回か一緒に練習したり、その後、皆で遊んだりしてる内に、だんだん好きになったんだすよ』と少し照れながら言った。
「くそっ。私の恋は、さっぱり、実らないのに。何で、お前だけ幸せなんだよ」と隣にいた小麻子さんが文句を言った。
『そのうちに、小麻子さんにも、素敵な彼氏が出来るっすよ』
「若造のお前に、何で、この私が慰められなきゃいけないのさ？新人のくせに、生意気な口聞きやがって、このチェリーが。何だか凄く頭に来たぞ。何で、お前だけ幸せなんだよ。したら、付き合って２年らしいから、２４ヶ月って事で、２４杯飲んでもらおうかな」
『いやぁ、そんた２４杯なんて、無理だすよ』
「うるせぇ。高校生の分際で、不純異性交遊だなんて、あぁ、いやらしい。こんな童（わらし）みたいな顔して、やる事は、やっちゃたんだべ？えぇ、どうなんだ？」
　小麻子さんが、僕の頬っぺを引っ張った。
『痛ててて。小麻子さん、痛いっすよ』
「やったの、やってないの？どっち？ちゃんと答えろ」
『いやー、まぁ、その～、それなりには…』と答えに窮した。
「やったのか、この、スケベが！」と両手でホッペを思いっきり抓（つね）られた。
『痛でぇっすよ。小麻子さん、勘弁してけれす』
「小麻ちゃん、それぐらいにしときなよ。タケミくんのホッペに痣が出来ちゃうよ」
　藤子さんが、小麻子さんを宥めて、ようやく、抓るのを止めてくれた。

　ヒリヒリ痛む頬を撫でながら、ヤケなってビールを呷る小麻子さんを窺った。
　小麻子さんのグラスが空になったのを見て、僕は、両手を添えてビールを注いだ。
「きっと私の事は、誰も好きになってくれねんだ」と呟いた。
「そんな事ないよ、小麻ちゃん」
　藤子さんは、手を伸ばして、小麻子さんの肩に置いた。
「好きになった人には、いっつも先に、付き合ってる人がいるんだ。きっと私は、これからも、誰にも相手にされねぇで、バージンのままなんだ」と俯（うつむ）いた。
「小麻ちゃん、そんなに落ち込んでちゃ駄目だよ。今までずっと想ってきた冨田さんが、やっとフリーになったんだから。チャンスは、これからだよ。小麻ちゃんも、さっき言ってたじゃない。今晩は、富田さんを狙っちゃうってさ」
「でも、私なんて、トウコみたいに可愛くないし、こんな性格だしさ、きっと駄目だよ」
『そんた事はねぇっすよ。小麻子さんは、色白で肌も綺麗だし。１年目の間でも、秋田美人を絵に書いたような人だって噂になってらす。男バスの中でも、かなり人気ありますよ』と僕は、おべっかを使って慰めた。
「それに、さっき、富田さんと一緒飲んでるときに、さり気なく小麻ちゃんの話題を出したら、満更でもない顔してたから、チャンスは十分あるよ」
「それ本当？」
「本当さ。今なら押せば落ちるかもよ。だから、小麻ちゃん、今日は、落ち込んでる暇なんてないよ」
「トウコ。それを、もっと早く言ってよ」と小麻子さんは、ニコやかな顔して、藤子さんのグラスにビール注いだ。
「ようし、今晩は頑張るぞ。それじゃ、私の恋が上手くい行くように、乾杯！」と小麻子さんが自らが、音頭を取って、グラスを打ち鳴らした。

第５９章　終了


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