第７８章　投げるか、捨てるか、それが問題だ

　僕らは、リリーを出てから、大学へと続く森の道を歩いた。

　道端の空き缶などのゴミが、また目に付いた。
　シュウと琴乃が、背負っていたリュックを肩から外し、軍手とポリ袋を取り出した。
『何するの？』と琴乃に尋ねた。
「決まってるしょや。そこの捨てられてる空き缶を拾うのさ。はい、これ。タケミくんも宜しくね」と軍手を僕に手渡した。
『二人とも随分と、準備が良いんだな？』
　僕は、軍手を嵌（は）めながら言った。
「私たちが入っている植物同好会っていうサークルのメンバーは、軍手とゴミ袋は、いつも携帯してるんだ」
『へぇ、それはゴミ拾いをするために？』
「ＹＥＳ。道を歩いていてゴミを見かけたら、直ぐに拾えるようにね。誰かが、ある場所にゴミを投げると、そこは、ゴミ投げしてもいい場所だって勘違いして、ゴミがどんどん増えていくしょ。という訳で、タケミくんも明日から、軍手とゴミ袋を携帯して歩いてね」
『えっ、んでも、我は、そのサークルには入ってねぇしな…』と渋った。
　今、琴乃たちと一緒にゴミ拾いをするのは良いとしても、毎日、ゴミ袋まで携帯して歩くのは面倒くさいと思った。
「サー クルに入ってる入ってないは関係ないっしょ。意識の問題っしょや。市民全員が、そういう意識を持つということが大事なのさ。ここの大学に学生や職員が何人 いるかは知らないけど、まぁ、仮に１万人いるとすると、１人１個のゴミを拾えば、ゴミ１万個が、一瞬にしてなくなるのよ。でも、１人が１個のゴミを捨てれ ば、一瞬にしてゴミだらけになるわ。１人が、１個のゴミを投げるか拾うかが明暗を分けるんさ。と言うことで、”先ずは隗より始めよ”という故事に倣（な ら）って、タケミくんも宜しくね」
『まぁ…なるべく、やるようにするよ』
「なるべく？ごめん、私の聞き間違いかしら。そこは、”なるべく”じゃなくて、”必ず”って答えてくれる所っしょや」と不敵な笑顔を浮かべて、僕を見た。
『分かりました。はい、はい。”必ず”やるようにするよ』と観念した。
「なにも全部、拾わなくても良いだよ。全部やろうとすると、嫌だくなっちまうからな。今日は、取り敢えず袋に入るだけ、片付けてやろうや」とシュウが、快活な表情を浮かべ、空き缶を拾い始めた。

　捨てられてある空き缶は、錆びて泥まみれになっていた。埋れているものもたくさんあった。拾い上げて缶を逆さまにすると、濁った液体が滴り落ちた。
　それを一つずつポリ袋に入れた。二つのポリ袋がいっぱいになるまで拾ったが、全て拾い切ることは出来なかった。普段、僕は、道端に捨てられている空き缶を見かけても、一瞥（いちべつ）して目を逸らす。見て嫌な気持ちになる物を、見ないようにするのは、人間の自然の性だ。
　
　朽ちた空き缶が詰まったゴミ袋は、シュウが一手に引き受けてくれた。
　僕ら３人は、白漠とした空の下を、談笑しながら、のんびりと歩いた。
　やがて、メンストに至った。メンストを行き交う自動車や自転車を確認してから、カルガモ親子のように、シュウを先頭にして琴乃と僕とで列をなし、小走りで渡った。
　その後、白樺林を通り過ぎ、教養部北棟に入った。
　正面入口の先には、ロビーがあり、学生達が長椅子に腰掛けて、雑談をしたり、煙草を燻らかしたりしていた。
　シュウは、設置されていた空き缶用のゴミ箱に歩み寄り、蓋を取り外してから、ゴミ袋の口を広げて、まるで水でも開けるようにして、空き缶を注ぎ捨てた。土まみれの空き缶は、ガラガラと音を立ててゴミ箱に吸い込まれていった。
　空き缶の叫び声は、ロビーにいた人や、廊下を歩く人の注意を惹き付けた。彼らの視線が、仁王立ちでゴミを捨てる男に注がれた。
　シュウは、全ての空き缶を捨て終わると、ゴミ箱の蓋を被（かぶ）せてから、手の平で埃を払った。
「さてと。俺は、次の３コマ目の講義があるから行くか。２人は、どうするだ？」とシュウが、ゴミ袋を無雑作に畳みながら尋ねた。
「私、３コマ目は空時間なんだ。タケミくんは？」
『我も、３コマ目は、空いてる』
「そうか、じゃあ、一先ずここでサヨナラだな。タケは、４コマ目の体育には出るだろう？」
『うん。もちろん、出席するよ』
「じゃあ、ゴールデンウイークの予定は、その時にでも話し合おうぜ」
『うん、了解。んだば、また体育の時間に』
「琴乃と次に会うのは、ゴールデンウィーク後の例会かな」
「そうね、今度のサークルの例会ね。ちゃんと、サボらないで、クラ館に顔を出しなさいよ」
「若しかしたら、ゴールデンウィークの休み呆（ぼ）けで休むかもな」
　シュウは、大きな口を開いて笑ってから、腕時計を一瞥（いちべつ）した。
「そろそろ、俺行くわ。またな」と敬礼した。
「したっけ、またね」と、琴乃も真似をして敬礼した。
　シュウは、廊下を急ぐ人波の中へ消えていった。

第７８章　終了

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