第６９章　ビデオ鑑賞会

　板垣と逸見とは帰る方向が違っていたので、北鯨の店先そこで別れた。
　僕と露渕は、ちんたらと自転車のペダルを扱いで、話をしながら帰路に付いた。
「お前、今晩これから、暇かい？」
『うん。特にする事はねぇな。』
「じゃ、これからタケのアパートに遊びに行っていいかい？」
『別に、いいばって。どうしたの急に。』
「タケに、貸して欲しいってお願いしていたアメリカプロバスケットのビデオあっただろう。」
『ああぁ、御免。渡すのスッカリ忘れだよ。』
「それでさ、そのビデオ、今日見たいんだけど、良いかな？」
『それは、全然、構わねぇよ。』
「両親が、転勤で釧路に行っちゃったんだけどさ。それで、テレビもビデオも持っていって、家には旧式のオンボロテレビしかないんだよ。」
『それじゃ、ビデオテープだけ貸してもみれねぇもんな。んだば、我のアパートで、一緒に見るべし』
「サンキュウ。じゃ、差し入れに、ビールでも買っていくか」
『差し入れはありがてぇばって、ちょっとビールを受け付ける胃の元気はねぇな』
「そうか、じゃぁ、お茶にしておくか」
『そんた気を使わねくってもいいいよ』
「まぁ、ビデオの鑑賞料代わりだ」
『本当に、いいって。鑑賞料は後で、別途頂きますから』
「おっと、そう来たかい。じゃぁ、鑑賞代は、タケの部屋の掃除で勘弁してもらうかな」
『部屋の掃除では、ちょっと駄目だな』
「そう言わずにさ。ちゃんと隅々まで掃除して、エロ本とかエロビもきちんと整理しておくからさ」
　露渕は、ニヤリと白い歯を見せた。
『それは、尚更、困るな。んだば、お茶で、手を打っておくがな』
「したら、交渉成立だな。ちなみに、俺は、ビール飲ませて貰うけど、良い？」
『うん。別に良いよ』

　僕らは、最寄のコンビニに立ち寄って、大きなペットボトルの烏龍茶と、缶ビールを購入した。
　露渕は、飲み物を入れたポリ袋を、自転車の前篭に乗っけて、サドルに跨った。
　そして、前方を指差して、
「じゃぁ、タゲんちへ向けて、レッツゴー」とペダルを漕ぎ始めた。

　部屋に着いてから、直ぐに石油ストーブと炬燵を付けた。
　暦は、穀雨を過ぎ、ゴールデンウィーク前なのに、札幌の夜は、暖房なしで過ごすには寒かった。
　ガラスコップを２つ持ってきて、一つに烏龍茶を、もう一つを缶ビールを注いだ。　露渕からリクエストのあったビデオを、ごちゃごちゃしたテレビ台の中か ら探し出して、ビデオデッキに挿入した。その間、露渕はビール片手に、物珍しそうな目をして僕の部屋の中を見回していた。
　そして、机の上にあった写真に目が行くと、炬燵から立ち上がり間近に行って見た。
「一緒に写ってるのは、東京にいる彼女か？」
『んだよ』
「可愛いいね。ショートカットが、また、良く似合ってる。それで、彼女の名前は何だっけ？」
『ヨウコっていうんだ』
「ふーん、ヨウコか」
　露渕は、少し間の抜けた声で言った。
『何だか、ヨウコって名前が気にいらねぇみたいだな』
『いや、気に入らない訳じゃないけどさ。ただ、俺の母さんと同じ名前なんだよな。肉親と同じ名前って、変な先入観が入ってしまうからさ』
『ツユの母さんも、ヨウコって言うんだな。それにしても、ヨウコって名前の人は、多いよな。絶対、知り合いの中に、何人かは、いるよな』
「そうだな、俺の高校の同級生にも、２人いたなぁ。人の名前も流行り廃りがあるから、俺らの子供が生まれる頃には、少なくなるかもしれないな。所で、この 写真は、どこで撮ったんだ？後ろに写ってる湖がすごく綺麗だね。深く透明な青色…屈斜路湖に似てる気もするけど、ちょっと違うなぁ」
『十和田湖で撮ったんだ。高三の夏休みに、受験勉強の合間を縫って、２人でデートさ行ったんだ。ちょうど、その日は、青空が広がって、湖も綺麗に見えたんだ』
「ふーん、十和田湖ねぇ。名前は聞いたことがあるけど、行ったことはないな。一度は行ってみたいもんだな」
『実家から近いから、機会があったら、今度、遊びに来いよ。一緒に行くべし』
「それは、ありがたいな。でも、出来れば野郎二人でじゃなくって、この写真のお二人さんみたいに、可愛い彼女連れで行きたいなもんだな」
『んだば、夏子さんと一緒に行けば良いべ』
「おい、おい。確かに夏子さんとは、デートする予定だけど、まだ、付き合うって決まった訳じゃないんだぜ」
『まぁ、付き合ったと仮定した場合の話だよ』
「仮定は、未定って言うからな」
『それを言うなら、予定は未定じゃねぇの？』
「あっ、そうだな。所で、タゲは、このヨウコちゃんとの遠距離は、上手く行ってるか？」
『うん。上手く行ってらよ』
「そうか、それは良かったな」と露渕は優しく微笑んだ。

　僕らは、炬燵で温もりながら、バスケットのビデオ鑑賞をした。
　ブラウン管には、Ｍ・ジョーダンやマジック・Ｊといったスパースター達の、人間技とは思えないスーパープレイが、次々と映し出された。
　露渕は、画面に釘付けになり、スーパープレイが展開される度に、叫び声を上げて狂喜し、身振り手振りでそのプレイの真似をした。
　僕は、そのビデオを何回も鑑賞していたので、あまり新鮮味がなかった。
　ビデオを見ているよりも、むしろ、露渕のリアクションを見ている方が面白かった。
　バスケットのビデオに熱中している彼を見て、純粋にバスケットが好きなんだなと感じた。
　ビデオ鑑賞の途中で、電話が鳴った。
　僕は、露渕に断ってから、テレビの音量を下げてから、を電話を取った。
「もしもーし。お晩です。タゲ、二日酔いは治ったが？」
　受話器から、洋子の朗らかな声が聞こえて来た。
『うん、大分、良ぐなったよ。んでも、まだ、胃の調子が良ぐねぇーな』と自分の腹を擦った。
「んでも、声は昨日よりは元気そうだな。昨夜、電話さ出た時は、弱々しい声で、すんごく塩梅（あんべぇ）悪りそうだったもん」
『んだな、昨日だば、死んでしまうんでねぇがど思ったよ』
「あんまり飲み過ぎれば駄目だよ。昨日、テレビで、急性アルコール中毒で、どっかの大学生が死んだっていうニュースを見だがら、余計に心配したんだ」
『大丈夫だって。人間、そう簡単に死なねぇよ』
「こっちが、本気で心配してらのに、タゲはそんた事言って。毎年、お酒の事故で何人か死んでるんだよ」
　洋子は、むくれ声で諭（さと）すように言った。
『ハイ、分がりました。飲み過ぎには、気ぃ付けます』
「うん、気ぃ付けれよ。あれっ、若しかして誰が、部屋さ居る？」
『んだ。今、バスケ部のドンパが遊びに来てで、一緒にプロバスケットのビデオを見でだんだ』
　僕は、受話器を耳に当てながら、露渕の方を見た。
「ふーん、平日のこんた時間なのに、バスケ部の友達が来てらんだ」
　洋子は、少し怪訝（けげん）そうだった。
『本当だって。んだば、ちょっと待って』
　僕は、露渕を手招きして呼んだ。
　彼は、ビデオを一時停止させてから、炬燵から抜け出てきた。　僕は、受話器の話口を、掌で押さえながら言った。
『彼女からなんだばって、ツユ、ちょっと出て貰えねぇが？』
「俺が？」
『うん、何だか、変に疑ってるみだいなんだよ』
「あー、そう言うことね。それなら、お安い御用ですよ」
　僕は、受話器を手渡した。
「もしもし、こんばんは。ヨウコちゃんですか？俺は、タゲのバスケ部同期の露渕っていう者です」
「はい、ヨウコです」
「決して怪しいセールスマンではないので、安心して下さい。ヨウコちゃんの噂は、かねがねタゲの方から聞いてます。っというか、惚気（のろけ）話を聞かさ れてますよ。さっき、写真を見せてもらったんだけど、ヨウコちゃんみたいな可愛いい彼女がいて、タゲが羨ましいですよ。今晩は、タゲに無理言って、プロバ スケットのビデオ鑑賞に、お邪魔に来ました」
「あなたが、露渕くんですか。名前は、タゲから何度か聞いてました。わったりバスケが上手い同期がいるんだって言ってましたよ」
「へぇ、俺の話ですか」
「露渕くんには、絶対に敵わねぇって、泣き言ばっかり言うもんだがら、朝錬でもして人の倍練習しなさいって、発破かけたんですよ」
「なるほど。それで、タゲが急に朝練を始めたのか…何で急に朝錬を始めたのかなぁって思ってたんですよ」
「タゲは、朝練、ちゃんとやってますか？」
「先週から一緒にやってますよ」
「タゲのこと宜しくお願いします。ちょっと根性足りない所があるから、甘やかさないで、ビシバシ鍛えてやって下さい」
「はい、分かりました。ヨウコちゃんのお墨付きをもらったから、ビシバシ鍛えますよ」
「宜しく頼みます。ちょっと、タゲに代わって貰えますか？」
「はい、ちょっとお待ち下さい」
　露渕はｍ受話器の話口を抑えながら、
「有らぬ疑いは晴れたようだぜ。ほれ、愛しの彼女が呼んでよ」と僕に耳打ちをして、受話器を返した。

『もしもし、嘘でねがったべ？』
「うん。んでも、こんな時間に２人でバスケのビデオを見でるなんて、仲良いね。良がったね。いい友達が出来て」
『んだな』と僕は、炬燵でビールを飲んでいる露渕を見た。
「いい友達が出来たのは良いとして、まさが、今日も飲んでら訳でねぇべな？」
『ツユは、ビール飲んでらばって、我はお茶だ』
「それ聞いて安心したよ。それでね、昨日、話そうどした事なんだばって…」と、洋子は少し口篭もった。
『うん、なしたの？』
「実は、ゴールデンウィークに帰れねぇがも知れねんだ」
『えぇー、何して？せっかく、会えるの楽しみにしてらっけやず』
「昨日、兄さんが、病気で入院したって、母さんから電話が来たんだ」
『えぇ、航貴さんが入院、どうしたの？』
「目の病気なんだって。詳しい病名はよく分がらねんだばって、緊急で手術する事になったんだ。んで、母さんと２人で、付き添いに行くことになったんだ。約束してたのに、ごめんね、タゲ」
『病気なんだば、仕方ねぇな。航貴さんは、今、名古屋さ居るんだっけ？』
「愛知の豊田市って所で働いてるんだ。そこにある自動車会社さ勤めでるんだ。んだがら、愛知まで行がねまねぇんだ。兄さんの容態も心配だし、それに、母さ んは、秋田からあまり遠くまで出歩いた事のない人だから。１人だと何かと不安だがら、ヨッコも一緒に行くことにしたんだ」
『そっか、それだば、ゴールデンウィーク中に、秋田まで帰って来るくのは難しいな』
「んでも、１日でも帰れるんだば、帰るがら」
『いいよ、無理しねぇでも』
「ごめんね、タゲ」
『何も、気にするな』
「会えるの楽しみにしてだのに、残念だな」
『んだな、我も残念だ』
「また、連休前にでも電話するね。せっかく、露渕くんと、ビデオ楽しんでた所、ごめんね」
『こっちこそ、騒がしくて悪りぃな。航貴さんの病気、早く良くなればいいな』
「ありがとう。んじゃ、おやすみなさい」
『うん、おやすみ』と洋子に別れを告げた。

第６９章　終了

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