第６７章　ドンパ

　経済学の講義が終わってから、バスケットの練習に向かった。
　三日酔いでだるいし、鬼マネージャーに蹴られた尻は痛むし、練習も嫌いなウェイトトレーニングばかりで、結局、投げやりな気持ちのまま、練習には実が入らなかった。

　部活が終わって、モップを掛けている時に、露渕から晩飯に誘われた。アパートで自炊するのが面倒だと思っていたので、二つ返事で承知した。
　モップ掛けの最後に、箒（ほうき）でモップに付着していた塵埃（ちりぼこり）を掻（す）き下ろし、その後、床に落ちた綿屑を、塵取りで集めた。
　塵取りに集めたゴミを捨てるため、ゴミ箱のあるロビーに向かった。
　ゴミ箱の蓋を開けて捨てていると、後ろから名前を呼ばれたので、振り返ると藤子さんが立っていた。
『あっ、トウコさん。先日は、送ってもらって、申し訳ねがたっす』
「あの後は、大丈夫だった？部屋に一人っきりにして帰っちゃったから、ちょっと心配だったんだ」
『お蔭さまで、無事に部屋で寝れました。んでも、次の日は、二日酔いで、気持ち悪くて気持ち悪くて。冗談抜きで、死ぬがど思ったっす』
「あんなに飲めば、誰でも二日酔いになるさ。ごめんね、いっぱい飲ませちゃって」
『いやぁー、何も何も。トウコさんど一緒に飲めで楽しかったす』
「私も、楽しかったよ。今度は、あまり飲ませないようにするからさ。小麻ちゃんにも、そう言っておくわ」
『是非、お願いします。いやー、本気（まじ）で、小麻子さんには…』
　と言ってから、周囲を見回して、鬼マネージャーが、近くに居ないかを確認した。
『本当に、小麻子さんには、参ったっすよ。あんたに恐ろしい女の人は、見たことねっす。あの人に蹴られた痣（あざ）がまだ消えねぇんだすよ』と自分の尻を擦（さす）った。
「小麻ちゃんは、酒が入っちゃうと柄が悪くなるけど、性根は好い娘だからさ。飲み会の時は、大目に見てあげてね」
『はぁ、トウコさんが、そう言うんだば、仕方ねっすけど…』
「所で、タケミくん。今日は、晩御飯どうするの？」
『これから、ツユ達と食べに行く予定だす』
「そっかぁ、ドンパの皆と一緒に行くのね…」
『んだす』
「何処のお店に行くの？」
『そこまでは、まだ決まってねぇっす』
「そう。じゃ、皆との夕食楽しんできてね」
『はい。ありがとうございます』
「それから、もう一つ。タケミくん、今日の練習手を抜いてやってたでしょう？」
『あれっ、ばれました？』
「あんなに、やる気なさそうな顔してたら、誰だって分かるわよ。手を抜いて練習しても上手くはならないわよ。期待してるんだから、もっと確（しっか）りやらないと駄目よ」と僕の背中を軽く叩いた。
『はい、頑張るっす』
「よし、その調子。じゃ、また明日ね」
　藤子さんは、手を振って、女バスの仲間の方へ去って行った。


　掃除道具をロッカーにしまってから、フロアに戻ると、殆どの部員は着替え終わっていた。
　僕は、急いで着替えてから、同期の３人が待っているロビーに向かった。
　３人は、ソファーに並んで座っていた。

　板垣と逸見は、ホットの缶ココアを飲んでいた。
『わりぃ、遅ぐなって、申し訳ねぇ』
「気にするな。さて、タケも来た事だし、皆、行こうか」と露渕が声を掛けると、板垣と逸見は、残った缶ココアを一気に呷（あお）った。
『んで、何処さ食いに行ぐが決まった？』
「板垣が、北鯨（ホクゲイ）に行きたいって行ってるんだけど、タケはカレーでいいかい？」
　北鯨と聞いて、大特盛のカレーが頭を過ぎった。入部して間もない頃に、先輩達に連れて行かれ、食わされたあのカレーだ。
　あまりの量の多さに、胃が破裂しそうだった。
　新歓のダメージが残っている胃腸には、過酷に思えたが、遅れて来た後ろめたさもあり、嫌とは言えなかった。
『別に、カレーでも良いばってや…』と答えつつも、舌打ちをした。
「良いって言ってる割には、何だか嫌そうだな」と露渕が言った。
『あの大特盛を食べねくっても良いんだべ？』
「当たり前だよ、ドンパ４人で行くんだぜ。誰も強制なんかしないよ。俺だって、あんなアホみたいな量のカレーなんか、食いたくないよ。タケは、そんな事、気にしてたのか。馬鹿っだなぁ」
　露渕は、皓歯を輝かせて笑った。
『そんた事って言ったって、みんなが、大特盛を食うんだば、我も食わねぇ訳にはいかねぇべ…』
「好きな物を食えば良いだろう。そこまで、ドンパに気を使う必要はないぜ」と露渕は呆れた顔をした。
　
第６７章　終了

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