第６３章　北大生、３人寄ってもただの馬鹿

　月曜の朝になっても、体がだるく、頭の中では、まだ数匹のナメクジが這いずっていた。
　二日酔い、ならぬ三日酔いだった。
　布団から時計を見ると、露渕との朝練の時間は、とうに過ぎていた。早く目が覚めていても、この体調では、練習などできやしない。

　シャワーを浴びようと、立ち上がると、臀部（でんぶ）に鈍痛を感じた。そこを手で押してみると、ズキンっと痛みが走った。鏡の前に立ち、寝巻とパンツを一緒に下ろして尻を見てみると、青痣（あざ）が出来ていた。
「あぁ、あの時のか…」と呟いた。
　新歓コンパの時に、何度も、小麻子さんに蹴られたり、叩かれたりしたせいだ。
「くっそう、あのＳ女め…」と尻を摩（さす）りながら呟いた。

　三日酔いで、食欲がなかったので、朝飯を食べずにアパートを出た。
　吹きっ晒（さら）しの廊下に出ると、霧雨が手すりを塗らしていた。
　晴れている時に見える、農場の向こう側の大樹の影や、その彼方に聳（そび）える手稲山（ていねやま）は、深い霧雲に覆い隠されていた。雪が斑模様（まだらもよう）に残る農場の地表からは、湯気のように、白い靄（もや）が立ち昇っていた。
　玄関に戻り傘を手にした。
　傘を差して自転車に跨（またが）り、大学に向かった。

　その日の最初の講義は、数学だった。
　教官の黒縁（くろぶち）メガネは、いつものように出欠を取り、偏微分の講義を始めた。
　彼は、教科書片手に説明しながら、数式を、延々と黒板に書きつづけた。
　僕は、呆然と、ただただ、目に入った数式を、理解も出来ぬまま、ノートに書き写した。

　講義時間の終わり間際、黒縁メガネが、チョークを置いて、「何か質問はありませんか？」と学生たちに尋ねた。学生たちは静まり返り、返答する人は誰もいなかった。
「今日のみんなは、今日のどんよりとした天気のように、覇気（はき）がありませんね、覇気が。まぁ、今の時期は新人歓迎のコンパが多いので、講義での集中 力が散漫になるのは、例年の事ですけどね。特に、午前中の講義は駄目ですね。酷い時には、講義室を開けた瞬間、二日酔いの匂いが漂ってくることもありまし たからね。まぁ、大学に入り、クラスやサークルの仲間が増えて、羽目を外したくなるのも分かりますが、、大学生としての自覚と責任を持って、行動してくだ さい。私自身も、お酒は好きな方なので、飲むなとは言いませんが、節度を持って下さい。日本には、三人寄れば文殊の知恵という諺（ことわざ）があります が、札幌にはこんな諺（ことわざ）があります。北大生、三人寄ってもただの馬鹿。といことで、そう言われないようにお願いします。
　また、毎年のように、どこかの大学や会社の新人歓迎の飲み会で、急性アルコール中毒や、吐瀉物による窒息で、若く貴い命が失われています。非常に心苦し い出来事です。私にも大学生の娘がおりますが、子を亡くした親の悲しみを想像すると、涙が出てくる想いです。皆さんの命は、あなたがた自身のものでもある と同時に、親、家族のものでもある事というを忘れずいてください。
　それと、小言をもう一つ。この組は、理Ⅰ系クラスという事で、殆どが男子でちょうど良いので言っておきたい事があります。飲み会があったら、女の子は、 門限までにしっかりと、帰宅させて頂きたい。これは、年頃の娘を持つ父親の代表してのお願いです。実は、先週末、うちの娘が門限を破って、挙句の果てに、 ベロンベロンに酔っ払って帰ってきました。一体、誰に似たものかと…私かも…。娘の行末が心配でなりません。
　話が、少し脱線してしまいましたね。えーと、最後にもう一つ小言をお話しておきます。
　今週末から、ゴールデンウィークが始まります。ゴールデンウィーク中は、講義は休講となるため、旅行などをする方も多いと思います。行楽中の事故等には、十分に注意をして下さい。
　特に車ですね。内地に比べて、北海道は広くて真っ直ぐな道が多いですから、スピードの出し過ぎには気を付け運転してください。かく言う私も、昔、ゴール デンウィークに、スピード違反で捕まった事があります。警察もゴールデンウィークには、ネズミ捕りを強化しているみたいですね。まぁ、スピード違反で捕ま るくらいなら良いですけど、事故で人命に関わるような事態にならないように、安全運転を心掛けて下さい。それでは、皆さん、ゴールデンウィーク明けに、ま た会いましょう。」
　黒縁メガネは、１８番の説教をしてから、退出して行った。
　説教されるのは、あまり好きではないが、偏微分の話よりは理解できた。
　
第６３章　終了

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