第５３章 慟哭の石狩湾
夕方の５時に、由美子の家族に、調査結果を、報告をする約束だった。
星は、苔の洞門から札幌へ車を飛ばして引き返した。
由美子の死を伝えるのは身を切る程に辛かった。
何と言って切り出せば良いのか悩みながら車を運転した。
清田家の前に車を止め、玄関に入ると、家族三人が、心配そうな眼差しで星を出迎えた。
星は、こみ上げる涙を堪えながら、深々と頭を下げた。
「残念ながら、由美子ちゃんは、車で連れ去れた後、殺害されたようです」
母の和子は、膝から崩れて床に頭を擦り付けて泣いた。
弟の幸明は立ったまま、大声を上げて号泣した。
父の文忠は、涙を拭いながら尋ねた。
「今日の午前中、警察から、ひき逃げ犯を逮捕したという連絡があって、由美子が帰ってくると信じていたんです…由美子を殺した犯人は
まだ捕まっていないんですか？」
「犯人と断定は出来ませんが、由美子を殺害して捨てたと供述していた三ツ橋という男は死にました」
「し、死んだ…」
文忠は、呆然と言った。
「おそらく首吊りに偽装された殺人です」
「何故、殺されたのですか？」
「三ツ橋は、別件の特許盗用事件の容疑者の一人です。おそらく、その事件の共犯者に殺されたのでしょう」
「特許盗用？若しかしてそれは、西嶋と関係があるんですか？」
「えぇ。三ツ橋はひき逃げした竹上と共謀して、西嶋教授の研究結果を盗用したんです」
「西嶋が絡んでいるのか…」
文忠は、唇をかんだ。
「実は、ここだけの話ですが、西嶋教授は、三ツ橋を毒殺しようとしました。しかし、それは失敗し、自ら毒を飲んで自殺を図りました」
「何ですって…自殺」
「彼も被害者なのです。自分の研究を盗用された上、自分の娘かもしれない由美子ちゃんを殺されたんです。三ツ橋を殺したいと思うのも無理ありません」
「そうですか…できる事なら、私が三ツ橋を殺して、由美子の仇を打ちたかった」
文忠は、強く唇を噛んだ。
「それで真之さんは死んだんですか？」
和子が、尋ねた。
「救急処置を受け、一命は取り留めました。現在、病院で治療中ですが予断を許さない状況だそうです」
「そうですか」
和子は、溜息を一つ付き、続けて言った。
「それで由美子の遺体は見つかっんですか？」
「警察が懸命に捜索していますが、まだ見つかっていません。石狩湾に遺棄したらしいのですが、犯人が亡くなったため詳しい場所が分か
らないので捜索は難航しています」
「遺体が見つからない可能性もあるということですか？」
文忠は、目に涙を浮かべて言った。
「残念ですがその可能性もあります」
「いやー」
和子は、つんざくような悲鳴を上げて、顔を覆った。
「絶対に由美子は連れて帰るわ。今直ぐに、石狩湾に行くわ。由美子が一人ぼっちでかわいそうよ。直ぐに行って見つけてあげなきゃ」
和子の言葉に、文忠は頷いた。
「そうだな、一人ぼっちじゃ可哀想だな。でももう日が沈む時間だ。懐中電灯を持っていかないとな」
「僕も浜に行って、お姉ちゃんを探すよ」
幸明も、涙を拭って言った。
「僕も一緒に探します。皆で由美子ちゃんを見つけてあげましょう」
星は、涙を堪えて力強く頷いた。
参考地図 ： 小樽～石狩湾
石狩湾は美しい夕暮れに染まっていた。
赤々と燃え上がった地平線に、小樽の高島岬がシルエットを刻んでいた。
星は、石狩湾で、清田家の家族と一緒に由美子の遺体を探した。
石狩湾の上空に一番星が見え始めた頃、砂浜の向こうにたくさんの人影が見えた。
近付いていくと、警官と消防団だった。警察犬も導入し て、懸命に捜索していた。
由美子の家族は、捜索している人たちに深々と頭を下げてお礼を言った。
やがて、石狩の浜に夜の帳が下りて暗くなった。
初夏とはいえ、北海道の海風は冷たかった。
星たちは、流木を拾って薪(たきぎ)にして、 火を焚き、捜索を続けた。
しかし、懸命な捜索にも関わらず由美子の遺体は発見できなかった。
「和子、今日の所は引き上げよう」
「嫌よ、由美子が一人ぼっちでかわいそうっしょや」和子は声を振るわせた。
「したけど、幸明はクタクタで眠そうだ。気温も冷えて、風も強くなってきた。また、明日、探そう」
文忠が、和子の肩を引き寄せた。和子は夫の胸で涙を流しながら頷いた。
石狩の浜から引き上げる前に、和子は波打ち際に走っいった。
「由美子、絶対に見つけてあげるから、待っててね」
と、星空が瞬く海に向って叫んだ。
石狩湾での捜索を終えてから、星は芳恵に電話を掛けた。
「どうしたのこんな夜中に？」
「西嶋教授の容態はどうですか？」
「危篤状態は脱したけど、まだ余談を許さない状況だわ。何せ得たいの知れない毒だから解毒剤がどれくらい効くかどうか手探りなの」
「芳恵さんは付き添いで病院ですか？」
「ご両親が交替で付き添ってくれているから、さっき家に帰ってきた所なの。また明日の朝、行こうと思ってるけど」
「今回の事件に関して色々と聞いておきたい事があるんで、西嶋教授の意識が戻ったら、直ぐに連絡してもらえませんか？」
「分かったわ、直ぐに連絡するわ。所で由美子ちゃんの遺体は見つかった？」
「警察や消防も総出で捜索してもらっていますが見つかっていません。実はさっきまで僕も石狩湾で由美子ちゃんの家族と一緒に探していたんです」
「そう、やっぱり、見つかっていないのね」
「えぇ、やはり石狩湾は広大なので、捜索は難航しています」
「私がやっぱりって言ったのは、そう言う意味じゃないの」
「じゃあ、どういう意味ですか？」
星は、首を傾げて聞いた。
「そうね… ごめん、何でもないわ。何だか私、疲れてるみたいだから、もう少し気持ちが落ち着いた時に話すわ。真之さんがあんな事になって頭が混乱しちゃってるの…ごめん」
「いえ、こっちこそ、疲れているのに、こんな夜中に電話してすいませんでした」
「由美子ちゃんの捜索の手伝いが出来なくてごめんね。それに、特許盗用事件の捜査も頼りっぱなしで」
「それが僕の仕事ですから。二つの事件が引き金になり、三人の人間が殺害されてしまった。いかなる理由があれ、人を殺すという行為は、許せません」
「でも今回の場合、殺された側にも罪はあるんじゃない。三ツ橋准教授は特許を盗用し、由美子ちゃんのひき逃げ事件にも関わった。それに、ヤクザの男も竹上を殺そうとした。罰を受けて当然だわ」
「確かに、殺された人にも罪があったとは思います。しかし、だからと言って他人の命を奪う事は何人(なんぴと)たりとも出来ません。唯一、僕にできるのは犯人を捕まえて、罪を償ってもらう事だけです。だから、絶対に犯人を捕まえてみせます」
「そうね、早く犯人を捕まえる事が大切ね。したら、明日にでも連絡するわ。おやすみなさい」
と言って、芳恵は、電話を切った。
星は、電話を見つめて、必ずや犯人を捕まえてやると、心に誓った。
第５３章 終了
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