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第５７章 恵庭渓谷の死体
星は一人、皆が帰った探偵社で仕事をしていた。
香代子が帰りがけに「頑張ってね」と言って、六花亭(ろっかてい)のお菓子のマルセイバターサンドを置いて行ってくれた。
六花亭 マルセイバターサンド
星は、菓子を齧りながら椅子に、凭(もた)れて頭の中で事件を整理してみた。
葉山が、三ツ橋を殺害した動機は何だろう？
共犯者だった二人に生じた亀裂は何だろうか？
亀裂の原因が由美子だったとすれば、どういう推理ができるだろうか…
三ツ橋が石狩湾に遺棄したと嘘を付き、殺さずに支笏湖へ運んだ。
しかし、それが葉山美絵にばれてしまった。
由美子の処置を巡り喧嘩になり、葉山は三ツ橋を殺害した。
そして、葉山は由美子も殺害した。
とすれば、由美子は石狩湾ではなく、支笏湖周辺に遺棄されているかもしれない。
星が、腕組みして考えていると、携帯電話の着信音が鳴った。
安西刑事からだった。
「もしもし、星です。安西さん、由美子ちゃんが見つかりましたか？」
「いえ、まだ連絡はありません。石狩湾岸署でも頑張って捜索していますが、残念ながら見つかっていません。今回、連絡したのは、実はですね…驚かないでくださいよ」
「何ですか、安西さん。もったいぶらないでくださいよ」
「実は、恵庭渓谷の山道近くで白骨化した遺体を発見したんです」
「白骨化？といことは、少なくても半年以上前に死んでいたということになるから、今回の事件とは無関係ですね」
「白骨死体と聞いても、星さんは冷静ですね。もっと驚くと思っていたのに…つまらないな」
「そりゃ、驚きはしましたが…」
星は、安西の言葉に首を傾げた。
「実はですね、白骨化した遺体と言ってもキツネの死体です。こちらの捜索では大した進展がなかったので、ちょっと星さんを驚かせようとしたんですよ。星さんの言った通り、支笏湖周辺を探しても何も出ないかも知れません」
安西刑事は、元気の無い声で言った。
「いや、そうとも限りませんよ」
「どういう意味ですか？」
「三ツ橋が、由美子ちゃんを殺害して石狩湾に遺棄したというのは嘘で、支笏湖周辺に遺棄されているかも知れません」
「それは耳よりな情報ですね。実は、捜索の成果がなかったので、星さんが何か良い情報を掴んでないかなと思って電話したんですよ。明日も頑張って捜索してみます」
「後、話が変わるんですけど、竹上から新しい供述がありましたか？」
「竹上はひき逃げ事件の所轄署である札幌西部警察署に移送され、取り調べを受けていまするが、薬物中毒の禁断症状が出ていて、まともな供述が取れないそうです」
「そうですか…したら、新たな供述が取れたら教えてくれませんか」
「分かりました。したら、また何かあったら電話します」
安西刑事は、忙しく電話を切った。
真夜中に、芳恵から携帯に電話が入った。
「西嶋教授の容態は回復した？」と星は尋ねた。
「まだはっきりとした受け答えが出来ないけど、徐々に快方に向っているわ」
「速見について聞きたい事があるんで、明日の午前中、教授と話できますか？」
「薬物の影響だと思うけど、最近の記憶が定かじゃないの。さっき少しだけ目を覚ました時に、どうして俺は病院にいるんだって言っていたから…」
芳恵は、涙声になった。
「そうですか。でも、きっと一週間も経てば元気になって、研究活動ができるようになりますよ。だから、芳恵さんもそんなに悲観的にならないでも大丈夫ですよ」
「ありがとう、元気付けてくれて。そうだ、星くんに伝えておきたい事があるのよ。夕方に、菅山有紀という女性がお見舞いに来たわ」
「まさか教授の他の…」
星は、言葉を飲み込んだ。
「浮気相手じゃないわよ。真之さんの大学時代のサークルの同期よ。でも学生時代は、真之さんに憧れていたみたいね。
清田和子から、真之さんが入院したと言う話を聞いたそうよ。どうして、清田和子が真之さんの入院を知っていたのか…星くん、心当たりある？」
「それを言ったのは僕です。清田さん一家は、クライアントで、西嶋さんの入院は、由美子ちゃんの事件にも大きく関わっている事なので、詳細な理由は伏せましたが、簡単に説明しました。すいません、配慮が足りなかったですね
「良いのよ。菅山さんは真之さんが入院した詳しい経緯(いきさつ)は知らなかったわ」
「それで、菅山さんは、何を話したのですか？」
「由美子ちゃんが真之さんの子供だという噂を流したのは、彼女らしいわ」
「どうして、そんな事を、したんですか？」
「久しぶりに清田和子に再会した時に、子供が出来ない事で嫌味を言われて、腹が立ったんで、サークルの同窓会の時に噂を広めたんですって」
「でも腹が立ったくらいで、普通、そんな嘘を付きますかね？」
星は、溜息をついた。
「星くん、女の嫉妬を甘く見ちゃ駄目よ。彼女の行動は良くないことだけど、嫉妬する気持ちは理解できるわ。彼女は子供が欲しくて不妊治療までしていたのよ。欲しくても出来なくてずっと悩んでいたの。その彼女に対して、子供が出来ない事で嫌味を言うなんて無神経すぎるわ。やっぱり、あの和子って女は性格が悪いのよ。何で真之さんは、昔、あんな人と付き合っていたのかしら」
「最後のコメントは、芳恵さんの個人的な感情が入っている気がしますけど…」
「えっ、何、何か言った？」
「いえ、何でもないです。何れにしても、彼女の嘘が、今回の事件の引き金だったんですね。何の因果か、それが発端となり、由美子ちゃんが家出をし、轢(ひ)き逃げされてしまった。そして、犯罪、復讐の果てに、西嶋教授が服毒自殺を図った…」
「私が全て悪いんだって言って彼女は泣いていたわ。私が嘘を付いたせいで、多くの人を不幸にしてしまったと言って謝っていたわ。真之さんにも直接話したいから、意識がしっかりしたらまた来るそうよ」
「そうですか…でも、芳恵さんも、これで一安心ですね」
「そうね。正直言って、由美子ちゃんが真之さんの子供じゃないって分かってホッとしているわ。でも、由美子ちゃんの轢き逃げ事件に関しては、私も罪の意識は拭えないわ。私が彼女の髪の毛を採取しようとしなければ、彼女は轢き逃げにあうこともなかったろうし…」
芳恵は、涙で声を詰まらせた。
「芳恵さん、あまり自分を責めないで下さい。それを言うのであれば、関係する人すべてに責任はあります。竹上や葉山、三ツ橋が特許盗用をしていなければ…、西嶋教授が由美子ちゃんの身辺調査をしなければ…、由美子ちゃんの両親が喧嘩をしなければ…。しかし、もう全て起こってしまった事です。後は、最善を尽くしましょう」
「そうね。まだ、落ち込んでなんかいられないわね。そういえば、さっき病院で仮眠を取っている時に、由美子ちゃんが助けを求めている夢を見たの」
「若しかして、芳恵さんは霊感が強い方ですか？」
「いえ、そうでもないけど」
「由美子ちゃんは、何処で助けを求めていましたか？海の中ですか、それとも、土の中ですか？」
「どちらでもなかったわ。確かベッドの上だった気がするけど…」
「それは…単に由美子ちゃんの事が心配だから、彼女が夢に出たという事ですかね？」
「何よ、その言い方。心配しちゃ駄目なの？だいたい、最初に、霊感は強くないって言ってるしょや」
「ごめんなさい。由美子ちゃんが見つからず、藁（わら）にもすがりたい思いだったので、芳恵さんの夢が予知夢だったらいいなぁって…」
「探偵は、論理的な推理が大切だって自分で言ってたくせに、都合の良い時だけ予知夢みたいな非論理的な物に頼るのはおかしいんじゃないメイ探偵さん？」
「うっ、痛い所を突かれたなぁ」
「したら、これから付き添いに病院に戻るから、また明日にでも電話するわ」
「大変ですけね」
「大丈夫よ。研究で徹夜は慣れっこだから。したら、またね」
芳恵は、電話を切った。
星は、仕事を終えて事務所から帰宅した。
その日の夜は、ベッドに入る前に、予知夢でも何でも良いから何かヒントをくれと思いながらベッドに入った。
その夜、星はおぞましい夢をみた。
砂浜で由美子を捜索していると、頭のない遺体が見つかった。
近くで、子供たちがスイカ割りをしていた。
目隠しをした男の子が見事にスイカを割った。
そのスイカから、由美子の頭が出てきた。
子供たちは悲鳴を上げて走って逃げた。
星が目を覚ますと、全身に脂汗をかいていた。
時計を見ると早朝の四時半だった。
空は白み始め、東の空には明けの明星が光っていた。
星はべっとりと濡れたTシャツを着替えてから、水を一杯飲んで、再びベッドに入った。
第５７章 終了
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